春秋
空は暗い灰色でも、そこだけが薄明るい。瑞々(みずみず)しさに目がやすらぐ。淡青から藍、紅紫へと日々、色合いが移ろってゆく。変移の様子から「七変化」とも呼ばれる。路傍の花を眺めるうちに、むかし大学で詩人・安東次男に古俳句の読み方を教わったことを思い出した。
▼「紫陽花(あじさい)や藪(やぶ)を小庭の別座敷」。元禄7年、芭蕉が送別の歌仙で詠んだ発句だ。実は、花は毬(まり)状ではない。花が終わっても、飾花4枚が残るガクアジサイ。句には、私が旅に出たあとも江戸に残る4人は健在でとの祈りもこめられていた。一目では気づかない。調べつくして、初めて分かる面白み。目から鱗(うろこ)の解釈だった。
▼300年以上前の句の心を読むのは謎解きに近い。歌仙は36の連句型式。季語、順番に厳しい「ゲームの規則」がある。手順、手続きを踏んで調べれば、見えなかったものが見えてくる。詩人はそう言っていた。言葉の正確な読み解きは新鮮な景色を見せてくれる。半面、意味を取り違うと思わぬいざこざを招くこともある。
▼拉致被害者をめぐる北朝鮮との協議を受けて政府が制裁解除を検討している。特別調査委について「丁寧な説明」があったという。が、言葉と行動の隔たりは大きい。ミサイル発射は暴挙というしかない。手順を踏もうにも言動は七変化、規則無視の国である。よほど心して言葉を読まないと、相手の本心は見えてこない。