斜陽の米メディア産業に異変 有望な投資分野に
藤村厚夫・スマートニュース執行役員
米国のメディア産業でちょっとした異変が起きている。テクノロジーや急成長のサービスから縁遠かったはずの報道、ジャーナリズム、ニュースなどの領域で次々と景気の良い投資の話が飛び出している。「斜陽」ともいわれたメディア産業が一転、「有望な投資分野」へと変貌を遂げた。背景には何があるのか。
発端は昨年10月。米ワシントン・ポスト(WP)を米アマゾン・ドット・コムの最高経営責任者(CEO)、ジェフ・ベゾス氏が2億5000万ドル(約256億円)で買収したことだ。物販やクラウド型サービスで圧倒的な力量を持つアマゾンの動きに「新たな収益モデルがあるのでは」との憶測も飛び交った。
偶然だろうか、同じく昨年10月に米イーベイ創業者のピエール・オミディエール氏が新メディア「ファースト・ルック・メディア」を設立すると表明。こちらも2億5000万ドルを投じ、ガーディアン紙から独立した著名記者のグレン・グリーンウォルド氏と組んだ。
1300社超あるといわれる米新聞業界では、日本と違って買収や再編など日常茶飯事。だが、今までは大手の傘下に組み込まれるか、メディア好きな投資家が買うのが一般的だった。それが、最近はIT(情報技術)系マネーがニュースメディアに流れ込み、「投資対象」としてにわかに脚光を浴びているのだ。
実際、名だたる有力新聞社で腕を磨いたジャーナリストらがIT企業と組んでデジタルメディアを新設する動きが目立ってきた。「データジャーナリズム」という流行語を生み、著作「シグナル&ノイズ」で日本でも知られるネイト・シルバー氏は、ニューヨーク・タイムズを飛び出して新メディア「ファイブサーティーエイト(538)」を開設。また、WPを辞したエズラ・クライン氏は「Vox」を、ウォールストリートジャーナル(WSJ)傘下を離れたウォルト・モスバーグ氏らは「Re/code(レコード)」を始めた。動きは広範かつ急だ。
これまでもヤフーやグーグル、フェイスブック、ツイッターなど新興のデジタルまたはソーシャルメディア大手が、既存メディアとコンテンツで提携する例はあった。だが最近は、ブランドや蓄積のある既存の大手メディア自体や、その人材が投資の対象となり、ダイナミックさも増している。メディアの集積地であるニューヨークではベンチャーキャピタル(VC)もメディア分野へ投資を活発化させている。
注目すべきは、ソーシャルメディア上で消費者が生み出す広範なコンテンツの対極として、専門的な視点や歴史と経験、教育の厚みが必要な高品質なコンテンツが希少な資源として再認識されてきたことだ。
この変化はテクノロジーの動向も密接に関わっている。紙媒体やパソコンで読むニュースは持ち運びや時間の制約が大きいため、まだ小さな市場だった。スマートフォン(スマホ)やウェアラブル機器などがますます普及すれば、消費者とニュースの接点は「24時間いつでもどこでも」となる可能性がある。
ニュースは隙間の時間に浸透し、関心の高いニュースの追跡や掘り下げも進む。モバイルとニュースの接点は「ジャーナリズムの黄金期」(アリアナ・ハフィントン氏)を生み出そうしている。
既存の大手メディアやその従事者は、これまで積み上げてきた無形の資産の特性や強みを、どう活かしていくかを見定めるべき時期にきている。それは大きな建物や不動産、高価な設備ではなく、人材であり、その人材とコンテンツを多面的に生かすテクノロジーへの継続的な投資のはずだ。
[2014年日経MJ5月5日付]
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