「女子トイレ」は女性活躍の一つのバロメーター
日経BPヒット総研所長 麓幸子
今年の夏は暑かった。「女性活躍」分野においてである。そのトピックをいくつかピックアップしてみたい。
2015年8月28日に、女性活躍推進法が成立した。同日は、東京で開催された「女性が輝く社会に向けた国際シンポジウム」(略称:WAW!2015、主催・日本政府)の初日であり、その公開フォーラムのスピーチで安倍晋三総理は女性活躍推進法の成立を報告した。一番良いタイミングで新法成立を世界に向けて発表できたわけである。
WAW!は、2014年に続き2回目。世界各国及び日本各地から女性分野で活躍するトップ・リーダーが集結し、女性の活躍促進のために幅広い領域で課題を議論するシンポジウムである。今回は、昨年を上回る約40カ国、8つの国際機関から約150人が参加、2千人の聴衆を集めた。
1985年の男女雇用機会均等法から30年、つまりひと世代を経て誕生したこの新法。全く私事で恐縮だが、筆者が社会人2年目のときに男女雇用機会均等法ができた。そして筆者とは30歳違いの娘が社会人2年目の今年に女性活躍推進法ができたと思うと感慨深い。そのひと世代の違いがよく分かるからだ。
筆者の母の世代は、働く女性は「男性並み」いや男性以上に働いてようやく認められた時代だ。専業主婦に家庭を任せることで、男性たちは時間の制約・制限なく働くことができた。長時間の残業も泊りがけの出張も転居を伴う転勤もできた。
総合職の女性たちは男性と同じように働くことを求められたが、それはとてもハードルの高いことだった。男性は結婚や子どもができても働き方は変わらないが、女性のほうは、子どもを持っても仕事を続けたいなら、仕事も家事も子育てもすべて担わなければいけないという構図になっていたからだ。
カギは男性の意識改革にあり
日本女子大学現代女性キャリア研究所が実施したアンケート調査「女性とキャリアに関する調査」(2011年)では、「結婚し2人以上の子どもを持って正規雇用の初職を継続している女性は1%にすぎない」という結果となっている(参考文献『なぜ女性は仕事を辞めるのか』岩田正美・大沢真知子編書・青弓社)。
一方、娘の世代はどう変わったか。母の世代との一番の違いは、「男性の働き方と意識改革」をしなければ女性活躍は進まないという共通認識ができたことである。女性が活躍するかどうかのカギは、実は男性側にあったということだ。
時間の制約や制限がないことを前提とした人材マネジメントはもはや通じない。共働き世帯数が片働き世帯数を上回ったのは20年も前のことだ。若年層では共働きが当たり前。また家事・育児に関与してこなかった男性も親の介護という局面からは逃れられない。これからは、時間の制約や制限が生じるという前提での人事マネジメントをすることが男性にとっても必要となる。先進的な女性活躍企業は、従来の働き方改革を進め、長時間労働を改めて時間生産性を高めて効率的に働くこと、そして女性リーダーを育成できるような男性上司を増やすことに力を注ぐ。
「専業主婦が家庭を守ることを前提に、長時間働くことを是とした旧来の男性中心の働き方をそのままにして、女性にさらなる活躍を促しても(中略)とても無理と思われます」。これはWAW!2015での榊原定征経団連会長の挨拶である。全く同感だ。その後、榊原会長は「私自身、共働きの妻と共に3人の娘を育てた。ワーキング・ファ-ザーとして、仕事と家庭を両立させてきた」と発言、経団連トップのこの言葉に会場は大いに沸いた。
注目を集めた「女性とトイレ」
WAW!2015で、注目を集めたテーマは、「女性とトイレ」である。WAW!2日目には、トイレをテーマとしたスペシャルセッションが開催され、かねてトイレ問題を重視していた有村治子女性活躍担当大臣(当時)が登壇した。
「2014年9月に初の女性活躍担当大臣を拝命した時に思ったことは、このテーマを『女・子ども』という当事者だけの問題にしないということ。女性活躍を進めると男性にとっても高齢者にとってもみんなが過ごしやすい社会になるというメリットを伝えたかった。その切り口の一つとしてトイレがある」と有村氏。
災害時に避難所を訪れれば、それだけでいかにトイレが重要であるか分かる。また、政治活動等で全国さまざまなトイレを見てきたことで、「避難所でも選挙事務所でもまたは商業施設でも、女性のトイレに配慮しているところは女性を相棒として尊重し、女性の居場所が確保されているところだった。一方、トイレは個室ゆえに性犯罪などの事件現場にもなりやすい。この夏起きた女児連れ去り事件も人目につかない女性トイレで起こっている」という。
「排泄は、食べることと同様、生きている以上避けては通れないもの。人間の尊厳にもかかわるものだが、不浄として話題にすることすら遠ざけられていた。しかし誰もが毎日使うトイレ空間をより快適に清潔に安全にし、その声を代弁することは、全ての人の安心感を高め、穏やかな日常の暮らしの質向上につながると確信して推進してきた」(有村氏)。快適な公共トイレを増やすためのプロジェクト「ジャパン・トイレ・チャレンジ」を進め、政府主催で日本トイレ大賞を創設した。
これに対し、「女性が輝くための最優先事項がトイレ?」「もっとやるべきことがあるだろう」との声もあったが、WAW!では多くの賛同を集めた。
日常的に野外排泄する国では、女性が夜、排泄に向かう途中で性暴力の被害にあう現状があることや、インドやアフリカでは学校に適切なトイレがないため女子が通学できず、結果的に初等教育の機会が奪われているとの報告があった。
登壇した国連開発計画(UNDP)のクラーク総裁、ワドワ駐日インド大使など国際機関や政府関係者らとともに、女性のエンパワーメントに果たすトイレの役割と意義を再認識し、タブーを超えて取り組んでいく意思を共有した。セッションには、ケニアで循環型無水トイレの普及拡大に尽力しているLIXILの山上遊氏も登壇(同氏は、日経ウーマン誌の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2015」の受賞者でもある)。トイレ先進国である日本の技術力を活用した国際貢献の大いなる可能性をも感じさせた。
このセッションの模様は、シンガポールの電子メディアなど海外主要メディアでも報じられた。トイレ問題に真剣に取り組む女性たちが世界から集ったことで生まれた、初めての国際的な連携。それが日本から世界に発信されることになったのである。
男性だけが決定権を持っている世界へ、女性というある種の"異物"が参加することによって、違う視点が入ってくる。新たな価値創出の可能性が高くなる。それが女性活躍の重要なポイントだが、「女性とトイレ」の問題はまさにそうではないだろうか。
トイレについていろいろな経験をしてきた有村氏が閣僚に加わらなければ、世界に先駆けていち早くトイレを政策課題としたり国際連携を構築したりできなかったであろう。
トイレで感じた女性活躍の時代
最後にもう一つ。WAW!2015に先立つこと3週間前、8月8日、9日に秋田市で「第一回輝く女性を応援する秋田サミット」(主催・秋田県他)が開催された。これは、平成26年度内閣府「女性が輝く先進企業表彰」受賞企業7社の経営トップや幹部が集結し、官民連携で女性の活躍を促進し、そのパワーを地域経済の活性化につなげることを目標として開かれたもので、両日で約800人が参加した。有村氏は基調講演者として、当方はパネルディスカッションのコーディネーターとして登壇したのだが、開催前に、女子トイレで大臣と一緒になった。
「えっ、大臣とトイレで一緒になる…」
ちょっと驚いた。女子トイレで大臣の隣で化粧直しをするという経験は初めてだったからだ。当たり前のことだが、女性が大臣にならないとこういう光景は生まれない。女性活躍を感じた一コマだった。
日経BPヒット総合研究所長・執行役員。日経BP生活情報グループ統括補佐。筑波大学卒業後、1984年日経ホーム出版社(現・日経BP社)入社。1988年日経ウーマン創刊メンバーとなる。2006年日経ウーマン編集長、2012年同発行人。2014年より現職。同年、法政大学大学院経営学研究科修士課程修了。筑波大学非常勤講師(キャリアデザイン論・ジャーナリズム論)。内閣府調査研究企画委員、林野庁有識者委員、経団連21世紀政策研究所研究委員などを歴任。経産省「ダイバーシティ経営企業100選」サポーター。所属学会:日本労務学会、日本キャリアデザイン学会他。2児の母。編著書に『なぜ、あの会社は女性管理職が順調に増えているのか』『なぜ、女性が活躍する組織は強いのか?』(ともに日経BP社)、『企業力を高める~女性の活躍推進と働き方改革』(共著、経団連出版)、『就活生の親が今、知っておくべきこと』(日経新聞出版社)などがある。