P・マッカートニー、今を感じる20世紀の名曲連発
来日公演ルポ
18日、最上段まで埋まった超満員の東京ドーム。開始予定時刻からさほど遅れることもなく、にぎにぎしい演出もなく、おなじみのバイオリン形ベースを手にしたポールがスタスタと現れた。あっけない登場に会場がふっと和む。
幕開けはビートルズ初期のヒット曲「エイト・デイズ・ア・ウィーク」。ビートルズ時代も含めて、ステージで演奏してこなかった曲だ。さらに新アルバム「NEW」から「セイヴ・アス」、ビートルズ時代の名曲「オール・マイ・ラヴィング」と続く。周りを見回すと、早くも涙目になっている観客がいる。
高音のシャウト健在
「コンバンハ、トウキョウ。タダイマ!」。11年前も東京ドームで公演した。「ニホンゴガンバリマス。デモ、エイゴノホウガトクイデス」と場内を笑わせる。英語のトークにはスクリーンに日本語字幕を入れるなど、サービス精神たっぷりのステージだ。
スクリーンに映し出される顔にはしわも目立つのだが、声には張りがあり、独特の高音のシャウトも衰えていない。ベース、ギター、ピアノと何でも弾きこなす演奏力にも陰りは見えない。「10歳になる一番下の娘を学校に送った後、午前中に2、3時間曲を書くことが日課になり、気がついたらアルバム1枚分の曲がたまっていた」と新作の背景を明かしているように、心身の充実ぶりがうかがえる。
同じステージを見た音楽評論家の渋谷陽一さんは「最小限の編成でバンドアンサンブルにこだわり、お決まりの展開ではなく、現場で起きたグルーブ(乗りやうねり)をしっかり反映していたのがうれしかった。老いを感じさせないパフォーマンスで、現役感があった。新曲をやるから現役感があるというわけではなく、ビートルズナンバーを演奏しても、今を感じさせるということだ」と語った。
ラテンの打楽器が美しい旋律を際立たせた「アンド・アイ・ラヴ・ハー」、原曲の弦楽アンサンブルをシンセサイザーで見事に再現した「エリナー・リグビー」、サイケデリックな映像で演出効果を上げた「ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト」。名曲の数々が、ライブならではの臨場感で鮮やかによみがえる。
「バンド・オン・ザ・ラン」や「アナザー・デイ」など、ビートルズ解散後のウイングス時代やソロの作品にも名曲はたくさんある。しかし、この日演奏した37曲のうちビートルズナンバーが23曲を占めた。新作からは4曲だった。この選曲は「自分のやりたい曲ではなく、求められている曲を演奏する。それがポップミュージックの王道」(渋谷さん)ということだろう。
感傷に浸る暇なく
「イエスタデイ」「レット・イット・ビー」「ヘイ・ジュード」……。いずれ劣らぬ20世紀の名曲であるし、客席の一人ひとりが、それぞれの曲に自分なりの思い出を持っているに違いない。「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」の歌い出しを聴いただけで、胸が熱くなるという向きも少なくないだろう。
しかし、ポールはそうした曲でも、もったいぶることなく、あっさりと歌い始める。終わったら、さっさと次の曲に移る。観客も感傷に浸っている暇はない。それがポールのコンサートの最大の特徴かもしれない。
アンコールにこたえて、大きな日の丸を振りながら再登場したポールは「デイ・トリッパー」や「ゲット・バック」などを熱唱した。結局、2度のアンコールにこたえて、最後はビートルズのアルバム「アビイ・ロード」B面の「ゴールデン・スランバー」から「ジ・エンド」に至るメドレーで締めくくった。
「マタ、アイマショウ」。最後の言葉は力強かった。今年2月にはリンゴ・スターも18年ぶりに来日し、小さな会場だが大盛況だった。ジョン・レノンとジョージ・ハリスンが逝き、残された元ビートルズへの期待はやはり大きい。
(編集委員 吉田俊宏)