ブログ10年、無責任な記述とステマ幻滅で社会と壁
ブロガー 藤代 裕之
日本でのブログサービス開始10年を祝うイベント「ブロガーサミット」が行われ約800人が集まった。一億総表現者社会が到来し、既存マスメディアを脅かす役割も期待されたブログはどんな歩みをしてきたのか、振り返る。
草の根ジャーナリズムの可能性
「レインボーブリッジ封鎖できません!」。ピラミッド型の警察組織にネットワーク型の犯人グループが挑む。ソーシャルメディア時代の幕開けを予告したかのような内容の「踊る大捜査線THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」が公開されたのが2003年だった。
ライブドア(LINE)、ココログ(ニフティ)、はてなダイアリーといったブログサービスがスタートしたのも同じ年だった。人々によるネットへの書き込みはConsumer Generated Media(コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア、CGM)と呼ばれ、情報を受信していた消費者から生まれる口コミの可能性に注目が集まった。その一つが、大手メディアを翻弄する草の根ジャーナリズムだ。
当時時事通信の編集委員だった湯川鶴章氏は先行するアメリカの状況を『ネットは新聞を殺すのか』(03年)にまとめ、マスメディアに大きなインパクトを与えた。筆者も書籍を読み、04年にブログを書き始めた。
さらに大手メディア業界を震撼(しんかん)させたのは「EPIC2014」というメディアの未来を予測した動画だった。動画の内容はGoogleとAmazonが合併し、ユーザーが創り出した情報から自動的にニュースを作るシステムを生み出し、ニューヨーク・タイムズがインターネットから撤退するという衝撃的な内容だった。ブログの登場でメディアやジャーナリズムがどう変化していくのかという勉強会などが盛んに開かれるようになった。
希望に満ちたユートピア論
04年末、今回のブロガーサミットを開催したアジャイルメディアネットワーク(東京・渋谷)の徳力基彦社長が中心となり、社会的な影響力があるブロガーを「アルファブロガー」と名付け11人を投票で選ぶ企画が実施された。アルファブロガーへのインタビューは書籍化され、ブログという仕組みから、ブロガーという書き手にフォーカスを当てるきっかけとなった。
このアルファブロガーに選ばれていたコンサルタントの梅田望夫氏は『ウェブ進化論』(2006年)を執筆、Web2.0ブームに火をつけた。集合知やロングテールなどの概念を幅広く紹介し、ブログにより一億総表現者社会が到来するとした。梅田氏の先見性はインターネットをバーチャルな「あちら側」、デバイスの「こちら側」の違いと表現し、あちら側(クラウドと言ってもよいだろう)にパワーシフトするとしたことでも分かる。
梅田氏の言説の特徴はオプティミズム(楽観主義)と脱権威であり、ブログやソーシャルブックマークサービスを展開するはてなの取締役となり実践活動に身を投じた。アルファブロガーの存在と梅田氏の言説はシンクロし、ブログがメディアや社会、個人を変えるというユートピア論をけん引していった。
社長ブログとプチセレブの世界
もう一つの流れは社長ブログや芸能人ブログだ。
社長ブログでは何と言ってもホリエモンことライブドアの堀江貴文社長(当時)の存在が大きい。「社長日記」と名付けたライブドアブログは、自社サービスの広告塔であり、04年のプロ野球再編や05年のメディア買収騒動時に、自身の立場を表明するメディアとなった。また、ブログにつづる華やかな生活や交友関係も話題となり、ヒルズ族という名前を生み出した。
04年にココログでブログを書き始めた眞鍋かをりは元祖ブログの女王と呼ばれた。今や、ブログで婚約発表といった記事や、ブログを使って恋愛報道への謝罪や説明を見ることは当たり前となった。これら一部の社長ブログや芸能人ブログは、ファッション雑誌のように紙面に登場するモデルに憧れて読者モデルになるように、書き手へのあこがれを駆動する装置としてのブログを生み出した。
これをビジネスにしたのは04年からアメブロを始めたサイバーエージェントだった。堀江氏が逮捕される事件でライブドアのイメージが低下する中で、サイバーエージェントは、芸能人などを広く集め、華やかなブログサービスの立ち位置を獲得していった。サイバーエージェントの藤田晋社長はブログを書き続けている。残念ながら、ブロガーサミットでは、芸能人やサイバーエージェント関係者の登壇はなく、ブログスフィア(圏)の拡大と分断を印象づけた。
社会から遠ざかったブログ
ブログが直面する課題は、ステルスマーケティング(略してステマ)に代表される情報の信頼性低下だ。ステマは、本来は消費者に気づかれないように宣伝行為をすることだが、ライブドアブログを担当するLINE執行役員佐々木大輔氏は「漫画『進撃の巨人』の作者がブログに出身地の梅酒を紹介する時にステマというカテゴリーをつけている。ネットで情報を発信するということがダメージを受けて、回復不能になっている」と話す。ブロガーの清田いちる氏も「宣伝や告知がステマという言葉に置き換わってしまった」と指摘した。
ステマの登場はブロガーであることがビジネスになるために起きたことだが、その一方で倫理的な議論はそれほど進んでいない。消費者の本音が可視化されるはずの口コミが信頼できないものになっている。
サミットではステマという言葉は何度も出たものの、登壇するブロガー自身が解決すべき課題として議論されることはなかった。ステマに限らずサミットでは解禁されたネット選挙や著作権や表現の自由といった、社会的な問題にほとんど触れられなかった。
ニュースサイトで記者をしていたフリーライター岡田有花氏は「ブログが出て来た頃はユートピア的だったが、10年たったらマスメディアの下部構造に組み込まれ、力の逆転は起きなかった」「外に広がっているブログが内に閉じた」と振り返った。梅田氏は09年に「日本のウェブはアメリカとはずいぶん違うものになった」と発言してネットから消えた。
確かにアメリカでは、有力ブログの買収も起きた。アメリカの監視システム「プリズム」問題を追及するガーディアンの記者は既存マスメディアでのトレーニングを受けていない弁護士ブロガーだ。日本のブロガーたちは、踊る大捜査線の犯人たちが警察に敗れたように、既存マスメディアに敗れたのだろうか。
発信ツールとして定着したブログ
サービス開始から10年経過し、ブロガーは芸能人やスポーツ選手、経営者だけでなく、経営者や政治家、研究者などに広がった。特に研究者やアナリストなど専門家の発信は、既存マスメディアとは違った意見を提供する役割を担い、ニュースサイトなどへ書き手を輩出するふ化器の役割も果たすようになっている。労働組合やNPOの活動紹介にも使われる。既存マスメディアを直接的に倒すことはなかったが、補完する役割を果たすようになった。
ブロガーと銘打ったイベントだったのでサミットでは扱われなかったのかもしれないが、まとめサイトやハフィントンポストなどの投稿型ニュースサイトのプラットホームとしてもブログシステムが使われており、発信用ツールとして定着した。「閉じた」ように見えたのはユートピア的な未来への期待が大きすぎたからではないか。
筆者は、ブログを書き始めた頃から、マスメディアは死なないと言っては批判され、ブロガーはジャーナリストだと言っては違うと言われ続けて来た。情報発信には責任が伴う。社会的な責任や課題解決を引き受けることを避けて、ユートピアが訪れるなら、何の苦労もない。
04年のアルファブロガーに選ばれた「極東ブログ」を運営するfinalvent氏は、サミットには登壇しなかったが関連した記事を更新した。中国の言論統制を例に挙げながら、ブロガーに求められることを「自由に発言できる社会基盤についての世界規模での連帯の意識ではないだろうか」と書いた。
ブロガーが逮捕、投獄されている国もあり、ネットへの書き込みは国家により監視されていることも「プリズム」問題では明らかになっている。好きなことを好きな時に書ける自由は脅かされている。ブロガーを続けるためには、ブロガー自身がネット上の情報の信頼性を高め、社会の問題に目を向け、発信していく責任について考えていく必要がある。
ジャーナリスト・ブロガー。1973年徳島県生まれ、立教大学21世紀社会デザイン研究科修了。徳島新聞記者などを経て、ネット企業で新サービス立ち上げや研究開発支援を行う。法政大学社会学部准教授。2004年からブログ「ガ島通信」(http://d.hatena.ne.jp/gatonews/)を執筆、日本のアルファブロガーの1人として知られる。