児童虐待、法医学で防げ CTやX線撮影を分析
事件や事故の遺体を調べ、死因のほか、傷やあざができた理由や時期を明らかにする「法医学」を児童虐待の見逃し防止などに生かす「臨床法医学」が注目されている。虐待の有無の判断が難しいケースに関し、児童相談所が医師から意見を聞くという国の制度が広がらない中、大学内に専門の組織を置く動きが出てきた。
「これはかなり危ない状態だぞ」。千葉大法医学教育研究センターの一室で開かれた「臨床法医学部門」の症例検討会議。児相から「虐待が疑われるが、決めかねている」との理由で生後数カ月の乳児の診察記録が持ち込まれ、法医や放射線科医、歯科医らは驚きの声を上げた。
カルテには乳児を診察した小児科医が「急性硬膜下血腫」と記載。頭を強く打ったとみられたが、体にあざはなく、親は虐待を否定していた。
法医と放射線科医がエックス線検査とコンピューター断層撮影装置(CT)の記録に目を凝らすと、腕の骨が折れ、肋骨の骨折が治った形跡も見つかった。乳児はかなり以前から暴行を受けていたのでは――。児相への報告書には「虐待が強く疑われる」と記された。
2014年4月、千葉大医学部内に新設された同センターの基幹部門の一つ、臨床法医学部門。主に児相の依頼を受け、虐待を受けているかどうかの判断が難しい子供の診察記録を基に「セカンドオピニオン」を提供する。法医以外の医師は千葉大病院と兼務しながら診断に加わり、身体的虐待のほか、ネグレクト(育児放棄)による虫歯や栄養不足の見逃し防止などにも対応する。実際に診察することもある。
センター長の岩瀬博太郎教授は「臨床医はけがを治すのが仕事だが、解剖を通じて死者から学ぶ法医は、人体に傷ができた原因を探ることに慣れている」と説明する。
日本法医学会によると、大学内に臨床法医学を専門にした研究・教育部門ができたのは全国で初めて。こうした取り組みは従来、全国的な法医不足のため、各地の法医の熱意で支えられてきた。
先駆けとされるのは、1997年に熊本大の法医学分野が児相や福祉事務所などとつくったボランティア組織。現在も秋田大や聖マリアンナ医科大などで臨床法医学の取り組みが続く。
秋田大の美作宗太郎教授は04年の熊本大在籍時に始め、最近は年間5、6件に対応。日本大の内ケ崎西作准教授は東京都と埼玉県の児相から嘱託され、14年度は60件を超える相談があった。
こうした嘱託制度は、国が04年度から各都道府県や政令市などに要請し、進めてきた。ただ、厚生労働省によると、13年度時点で制度を設けているのは、対象の69自治体のうち東京都や千葉県など27自治体にとどまる。
臨床法医学の可能性について、内ケ崎准教授は「児童虐待だけでなく、ドメスティックバイオレンス(DV)やレイプの防止に関心がある医師を、なり手不足の法医学の分野に呼び込むきっかけになるのでは」と話す。〔共同〕