春秋
悪逆無道。鬼畜の所業。誰もがこういう強い言葉を思い浮かべているだろう。それでも非難しきれぬ狂気というほかない。かの「イスラム国」が、拘束していたヨルダン人パイロット殺害の一部始終をインターネット上で公開した。こんどはあろうことか、焼殺である。
▼巧みな編集で20分以上に及ぶ映像は人間の心に憎悪と恐怖を募らせ、世界を報復の連鎖に引きずり込むプロパガンダだ。人々は映し出された光景に打ちのめされ、それを乗りこえようとさらに激しい言説を繰り出すことになる。言葉では足りず、行動をたのむことになる。これこそがテロ組織のねらい定めたところだろう。
▼「相手が用意した劇場から出なければいけない」と山田英雄・元警察庁長官が本紙で語っている。怒りを持つのは大切なことだ。テロに屈してはならない。けれど狂信者が勝手にこしらえた芝居小屋で高ぶるばかりでは連中の思うつぼではないか。ネット空間には勇ましい極論があふれているが、いま必要なのは冷静さだ。
▼あの映像を共有するな――。思慮なきネットの世界にも、後藤健二さん殺害の動画が拡散されるのを防ごうとする動きがある。相当な宣伝効果を織り込んだに違いない今回の一編も、決して共有することはない。その仕掛けに乗るべきではない。悪逆無道。鬼畜の所業。投げつけたい言葉を胸に、しばし深呼吸をしてみる。