「eスポーツ」日本へ上陸 賞金1000万ドルも
ジャーナリスト 新 清士
欧米でテレビ中継され人気番組に
eスポーツが欧米で注目されるようになったのは2000年代に入ってからだ。当時人気だった米バルブ社のパソコン用シューティングゲーム「カウンターストライク」などを使い、賞金の出る競技会が開かれ始めた。するとそうした競技会の賞金を主な収入として生活する「プロゲーマー」と呼ばれるゲームプレーヤーが登場。ゴルフやテニスなど賞金を目指して戦うプロスポーツと同じモデルが、ゲームを舞台に成立するようになった。
07年には欧米でeスポーツのテレビ中継が始まった。16のプロチームが年間を通じてリーグ戦で競う大会も開かれ、賞金総額は500万ドル、番組の視聴者数は延べ3億5000万人に達するなど一気に人気競技へと成長した。プロゲーマーのなかには「プロゲーマー専用マウス」といった製品の開発にかかわったりして、年収が100万ドルを超える人も現れた。しかし、08年のリーマン・ショックがeスポーツを直撃。スポンサー集めが難しいため大規模なプロリーグ戦は開かれなくなり、一時的に人気は下火になってしまった。
アジアにおけるeスポーツは、欧米とは別の形で発展してきた。韓国では1998年に発売された米アクティビジョン・ブリザードのパソコン用戦略ゲーム「スタークラフト」を中心にeスポーツリーグがスタートした。
ソウル市内にある対戦会場は誰でも自由に観覧できる。筆者も数年前に訪れたことがあるが、会場は熱気にあふれ、勝負の行方に大きくどよめく。プロゲーマーには中高生など若い女性のファンも多く、お目当てのプレーヤーに黄色い声援を送っていた。プロゲーマーが属する各プロチームには韓国の携帯電話会社など大手企業がスポンサーとして付き、彼らをサポートしている。対戦の模様を24時間放映するケーブルテレビ番組も人気だ。
韓国や中国はコンテンツ産業の振興政策の一つとして、eスポーツを国が支援している。特に韓国では、プロゲーマーが引退後はゲーム専門の大学に入り、ゲームについてより深く学べるといったセカンドキャリアの整備にも乗り出しているほどだ。
今年1月、eスポーツの拠点となるインターネットカフェ「eスポーツスクウェア」を東京・秋葉原に開いたSANKOの鈴木社長は09年、韓国を訪れてeスポーツの人気と普及状況を目の当たりにして衝撃を受けたという。ゲームが単なる「遊び」にとどまらず、「文化」として社会に根強く広がっていると感じたからだ。ゲームの対戦とはいえ、eスポーツ会場で感じた熱気は、その場にいるからこそ味わえるライブの魅力そのものだった。
韓国のeゲーム人気に衝撃受ける
それ以来、鈴木社長は「ゲームの人気が強い日本でも、韓国と同じようにeスポーツを盛り上げられるのではないか」と考えるようになった。東京・原宿のイベントホールを借り、eスポーツ大会を何度か試しに開いてみた。動画サイト「ニコニコ動画」を使ってプレー動画も中継し、数万の視聴者を集めることができた。だが、実際に会場まで対戦を見に来る観客はほとんどいなかった。
日本でeスポーツが普及するための課題は何か。鈴木社長はユーザーがeスポーツを気軽に楽しめ、集まれる交流の場がないことと考えた。そこで千葉県市川市に11年、eスポーツに特化したインターネットカフェ「eスポーツスクウェア」を開店した。座席は25席ほど。当初は知名度もなく、お客も集まらなかった。それでもeスポーツに関心を持つ熱心なファンの口コミをきっかけに少しずつお客が集まり始めた。また、鈴木社長と同じようにeスポーツが日本で流行する可能性はないかと考える国内外の関係者も注目するようになった。
このころ、強力な助っ人も現れた。02年に開かれたシューティングゲーム(リーグ戦)日本大会で優勝し、世界大会にも出場した経験がある本田亮輔氏だ。本田氏はもともと別の業種で働いていたが、eスポーツスクウェアの存在を知り、鈴木社長に「どうしても働かせてほしい」と売り込んで入社。現在は同社社員として鈴木社長を支えている。
当時、岡山の老人ホームに勤めながら、米ライオットゲームズの人気eスポーツゲーム「リーグ・オブ・レジェンズ(LOL)」(パソコン用)の対戦プレー動画の中継を放送し続けていたハンドル名「eyes」さんも、現在は同社専属のプレー動画の実況者として働いている。日本でLOLの大会が開かれる際、「どうしても自分が実況をしたい」と東京に出てきたのがきっかけだ。こうした「アルバイトでも構わないからeスポーツに関わる仕事をさせてほしい」と真剣に求める若い人たちが次々に現れ、鈴木社長はその熱意にいつも驚かされるという。
鈴木社長によると、eスポーツ事業は当初2年間、運営そのものは黒字にならず、ビジネスとして苦労が続いた。「それでも、これまで全くつながりのなかった企業と仕事をする機会が増え、大きな財産になっている」(鈴木社長)。特に、ゲーム会社よりゲーム周辺企業と組んだ事業で成功例が出てくるようになった。
ジンズがゲーマー用メガネ発売
大きな成功例の一つが、12年に日本で開いたeスポーツ大会の公式メガネとしてジェイアイエヌが発売した「ジンズ ピーシー フォー ハッカーズ」だろう。プロゲーマーが利用することを強く意識して開発されたブルーライトカットメガネだ。広いモニターを見ることができるよう、通常のジンズピーシーより広い視野角で設計されたデザインが人気を集め、1500本限定のネット販売で即日完売した。
SANKOのeスポーツ事業は利益面で苦戦していたものの売上高は伸び、他企業との提携で成功例も出てきた。そこで鈴木社長は将来の可能性に賭け、2年間で蓄積したeスポーツに関するノウハウを凝縮した新店舗を秋葉原にオープンすることにしたのだ。
新店舗は通常のインターネットカフェと大きく様子が違う。大型スクリーンのほか、対戦者のための専門ブースや実況者専用ブースも用意している。最新のゲーム専用パソコン、ゲームに特化した高速描画が可能なモニター、ゲーマー向けに開発された高級パソコンシートなども備え、リッチなゲーム体験が楽しめるように配慮した。本格的なネット中継用の機材も完備しており、通常のインターネットカフェとしての利用から、大規模なゲーム大会まで幅広く対応できる。大会の開催時には観客用に100席を用意するが、立ち見を含め150人以上の超満員になることも多いという。
日本にeスポーツを普及させるうえで最大の課題は何だろう。筆者は、人気の高いeスポーツゲームはパソコン用のため日本で知名度が低く、プレーヤーの人数が少ない点だと思う。この状況は10年余り前、eスポーツが世界的に注目を集め始めたころから大きく変わっていない。
パソコン用ゲームは市場が停滞
日本オンラインゲーム協会によると、12年にはパソコンと家庭用の両方を合わせたオンラインゲーム市場の全体の市場規模は1420億円で、11年比1%増と横ばいだった。だが、そのうちパソコン用のパッケージ販売額は前年比87%、ゲームの運営サービス売上高は前年比97%といずれも減少している。さらにここ数年でスマートフォン(スマホ)が爆発的に普及。スマホ向けゲームなどにユーザーが流れ、日本ではパソコンでゲームをしているユーザー数は横ばいから減少していると考えられる。
こうした逆風ともいえる環境の中、鈴木社長が勝負に出たのには理由がある。海外ではeスポーツの人気がここ数年さらに加速しており、日本以外の世界の主な国や地域に波及している状態なのだ。eスポーツ人気の大波が今後、日本にも上陸する可能性は十分ありえる。
eスポーツとして遊ぶことを前提に開発され、世界的な人気を得たゲームも次々に登場している。代表例が09年にリリースされた前述のLOLだ。5人対5人で争う競技性が高い戦略ゲームで、無料で開始できるアイテム課金方式をとる。ただ、課金をしたからといって対戦者は有利にならず、eスポーツに向いているともいえる。
LOLを開発したライオットゲームズは、11年に中国最大のゲーム会社テンセント(深圳市)に買収されており、LOLはアジア圏でもインターネットカフェなどを中心に遊ばれている。ライオットゲームズの発表によると、今年1月時点で月に一度はLOLを遊ぶユーザーは全世界で6700万人以上に及び、1日に一度でも遊ぶユーザーは2700万人を超えるという。LOLは今、世界で最も遊ばれているゲームともいえる。
13年には、プロゲーマーによるこのゲームの対戦リーグが開始された。賞金総額は500万ドル。プレー動画による中継番組の放送がさらに人気を後押しした。LOLは日本語化されていないため、日本での知名度は低い。ただ、ライオットゲームズは日本語で展開する準備を進めているようで、登場すれば一気に人気に火が付く可能性は十分にあるだろう。
強いチームが育てば状況は変わる
鈴木社長は日本のeスポーツの今後について「サッカーや野球のように、誰もが知っている企業がスポンサーになってくれるような状況にしたい」と語る。海外では米デルや米インテルといったコンピューター関連以外に、米コカ・コーラ、米アメリカン・エキスプレス、米国日産など様々な企業がeスポーツのスポンサーとして登場している。
21日に決勝戦が行われたバルブ社のパソコン用戦略ゲーム「ドータ2」の世界大会では、ユーザーに10ドルで販売される大会のグッズの売り上げのうち、2.5ドル分を賞金としてプールする方式で賞金総額が1000万ドルを超えるというケースも出てきた。
筆者が指摘するeスポーツの課題について、鈴木社長は「パソコン用中心のeスポーツはニッチに見えるかもしれないが、グローバルで見ると大きな可能性を持っている」と説明した。そのうえで、「今でも日本から情報発信すると海外から大きな反響がある。強いeスポーツのチームが育つ環境を整えていけば、状況は変わると思う」と日本での普及に期待を寄せる。
eスポーツはあくまでもライブであり、家庭で遊ぶゲームとは性格がまるで違う。急成長しているスマホゲームともすみ分けは十分可能だろう。結局、eスポーツを育てたいという熱意のある人材がどれだけ出てくるかが、日本での普及のカギを握っているといえそうだ。「ゲームを通じて若い世代の人たちが育っていく姿を見るのが楽しくて仕方ない」。鈴木社長の熱を帯びた口調からは、そんな思いが強く伝わってきた。
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