大学発VBは出口戦略カギ サイバーダイン社長
「論文の評価を気にしていては駄目。現場で使えるロボットを作る」――。筑波大学発のベンチャー企業で、2014年3月に上場を果たしたサイバーダインの山海嘉之社長はとても穏やかな口調ながらキッパリと言い切った。科学者の中には新たな技術を生み出しても、いかに現実世界に生かすかについて意識が薄いケースもある。筑波大学大学院教授の肩書が載った名刺も持ち歩く山海社長は、医療・福祉、人手不足に悩む建設や建築の現場を助けたいと意気込む。
「人に社会にテクノロジーを生かす」ことを目指してロボット研究者になった山海社長が、およそ四半世紀かけて開発した装着型ロボット「HAL」。脚が弱った人が脚に装着して訓練に使う介護用や、脳卒中などで体が不自由になった人が装着してリハビリテーションに使う医療用などからなる。
HALを使ったリハビリは日本では13年3月から治験が始まり、ドイツでは一足先に労災保険の公的適用対象となった。知脳から筋肉に送られる微弱な信号を皮膚表面でHALが捉えてモーターが体の動きを補助する仕組みだ。
サイバーダインには医療や福祉以外の畑違いの世界からも注目が集まっている。建設大手の大林組は作業現場で重いモノを持ち上げたり運んだりする際の腰にかかる負担を軽減するロボ「作業支援用HAL」をサイバーダインに開発してもらい、14年10月から使用を始めた。東日本大震災の復興需要や東京五輪に向けた準備といった大型工事が増える中で、建設各社は人手不足に悩んでいる。高齢者でも長く仕事ができる支援策としてHALに白羽の矢が立った。
14年末にはオムロンと、HALの販売促進や保守サービスなどで提携を発表した。オムロンが全国に擁する拠点や人員を活用して、販売拡大につなげる狙いだ。大企業との相次ぐ提携策について山海社長は「早い段階で社会に広げていけるように今後もどんどん提携したい」と意欲を見せる。
大手企業と相次いで提携話をまとめた裏には、ともすれば世間知らずでビジネスに疎いとも言われるアカデミックの教授でも、きちんと上場を果たした経営者としてのプライドがのぞく。「大学発だからこそのメリットだってある。(大学教授は一般的に)社会を知らないので専門家が必要だと言われて雇用したが、事業をする水準に達していなかった」。
「福島の原発事故の際にロボは役に立っただろうか」と今も自問自答している。論文の評価ばかり気にしている風潮が大学の研究室にあり、実用化が二の次になっていたため、原発事故の際に日本発ロボットが十分に機能しなかったと指摘する。そして「出口すなわち最後の所まで行くことにこだわりたい」とも。最後の所とは製品として市場に流通し、実際に使われることまでを意味する。だからこそ、山海社長は大学教授とVB経営者という「二足のわらじ」を履く道を選んだ。
大学発ベンチャー企業は、米国などと違って日本では成功事例は少ないといわれる。サイバーダインにも起業や上場の際に様々な障害があった。しかし、「壁にぶつかった瞬間に、いかに突破しようかとすぐに考える性格だから、無理だと思ったことはない」と笑う。起業を考える後進に「若い人はどんどんチャレンジしてほしい。そうやって新産業を生み出していかないと日本のもの作りは成り立たない」とエールを送る。
福島県郡山市に約12億円を投じて建設中の工場は15年度内に稼働する計画だ。HALを年間4000~5000台生産できる見通しで、これまで供給できなかった分野への拡大が期待される。「中東からも引き合いが来ている」と話す視線の先には、ロボットがもたらす大きな可能性が見えている。
(映像報道部 近藤康介)