中国との蜜月に悩む豪州 不動産投資に危機感
編集委員 後藤康浩
オーストラリア準備銀行(中央銀行)は2月初め、予想外の利下げに踏み切り、政策金利を2.25%とした。鉄鉱石、石炭、液化天然ガス(LNG)など豪州経済を支える資源の需要が世界的に落ち始め、価格も下落しているからだ。21世紀に入って資源景気に押し上げられた豪州の成長は鈍化の兆しをみせ始めた。一方で不思議なことに、不動産市場は活況を呈している。資源と不動産の両方で豪州を揺さぶっているのは中国だ。
上海を下回る豪州の人口
オーストラリアの面積は769万平方キロと中国よりひとまわり小さいだけだが、人口は2300万人と中国の60分の1。上海市だけで豪州を上回る人口だ。もし中国人が大挙、豪州に押しかければ、豪州はたちまち"オーストチャイナ"になりかねない。だが、豪州の持つ資源を気前よく買ってくれる国は世界で限られる。豪州が米欧など資源消費国から地理的にあまりに遠いからだ。
1970年代に突如、豪州の資源の有力なお客さんが登場した。日本だ。高度成長で資源需要が伸びた日本は鉄鋼業向けの鉄鉱石と原料炭、電力、都市ガス向けのLNGを豪州から勢いよく買い始めた。豪州の資源立国の基礎は日本の需要がつくったと言っても過言ではない。日本からみれば豪州は中東や南アなどよりも近い資源地帯であり、政治的な不安がなく、安定供給が保証されていたからだ。日豪蜜月の時代は長く続いてきた。
そこに21世紀に入ってまもなく中国が現れた。日本と同じように鉄鋼業向けの資源を求めたのがきっかけだ。中国は世界最大の鉄鋼生産国で国内に鉄鉱石資源も豊富だが、品位は低く、鉄鉱石に含まれる鉄分は30%台。豪州の60%を超える高品位の鉄鉱石は鉄鋼メーカーにとっては垂涎のものだった。さらに伸び続けるエネルギー需要を賄うために日本が先鞭をつけた豪州北西大陸棚のLNGにも関心を示す。日本が構築した豪州の資源輸出の基盤は中国にはきわめて魅力的だったのだ。豪州にとっても日本を上回る潜在需要を持つ中国は近づきたくなる存在となった。
過去10年をみれば豪州が急速に中国に接近し、蜜月は「日豪」から「中豪」に転換した。だが、重要なのは中豪蜜月は実は日本企業にも大きな利益をもたらしたことだ。三菱商事、三井物産などが持つ豪州の資源権益は、対中輸出で莫大な利益をあげるとともに資産価値を数倍に高めた。商船三井、日本郵船など日本の海運会社は豪州から中国への資源の海上輸送を大きな収益源にした。日本は豪州の資源開発のパイオニアとして十分なリターンを得た。それゆえに、中国需要の落ち込みによる資源景気の終焉は日本企業にも大きな打撃になっている。
少林寺が文化センター建設も
問題は二国間の経済関係は資源貿易だけでは終わらないことだ。70年代から80年代末のバブル経済絶頂期まで、日本は豪州の不動産を買いあさり、シドニーやブリスベーン、パースなどは日本人の移住地として人気を博していた。そうした日本人に対して現地で一時、反発が出ていたのも事実だ。ただ、その後、日本経済が長期に低迷し、日本人の移住先の関心もマレーシア、タイ、シンガポールなどに移ったこともあって落ち着いた。中国は資源輸入、投資、不動産購入といった日本が豪州でたどった道をなぞっている。ひとつ違うのは規模が日本の10倍、20倍で、豪州により大きな脅威を与えていることだろう。
中国を出て海外に住みついた華僑・華人は東南アジアを中心に5000万人以上いるといわれるが、今の中国人の海外移住の勢いをみれば、"豪州華僑"が短期間に数百万人になってもおかしくはない。豪州各地に設立された中国政府肝いりの文化・教育施設「孔子学院」はその先駆けの意味もある。さらに伝統武術で知られる少林寺がニューサウスウェールズ州に少林寺拳法などを教える巨大な文化センターを建設する、といった動きも出ている。
オーストラリアは経済成長するためにアジアとの関係強化が不可欠だが、緊密化が進めば国のアイデンティティーや存立そのものが脅かされる不安もある。中国との距離感をどう取るべきか。豪州の悩みは今後、ますます深まっていくだろう。