知られざる「うどんの国」、埼玉を行く
「うどん県」と言えば、讃岐うどんで知られる香川県だが、実は埼玉県もそれに引けを取らない「うどんの国」だ。埼玉県によると、埼玉のうどん生産量は香川県に次ぎ、47都道府県中2位。そば・うどん店の店舗数も全国2位を誇る。知られざる「うどんの国」を探った。
■味噌と野菜で食べ応え
埼玉県のほぼ中央に位置し、荒川や入間川に囲まれた川島町は、独自の「うどん文化」を持つ。この地域で長らく受け継がれてきたうどんが「すったて」だ。
味噌とキュウリ、ゴマ、ミョウガ、シソなどをすり鉢ですり合わせた冷たい汁にうどんを浸して食べる。ごまの「すりたて」の言葉がなまり、「すったて」になったと伝えられる。農作業の合間に、自宅の畑の野菜を使って手軽に食べられることから農家の間で親しまれてきた。
現在、川島町内ですったてを販売する店は十数店ある。具材や味付けは店ごとに異なるが、具材にゴマ、キュウリ、タマネギ、ミョウガ、大葉と定番を用いる正統派のうどん店「味処 川勝」を訪れた。
食べ方はこうだ。まず、すり鉢でゴマをすり、次に具材を入れて軽くすり合わせる。赤味噌と八丁味噌を混ぜ合わせた味噌を加えて、さらにカツオ節とさば節でとっただし汁で伸ばす。だしの量で自分好みの味に調整できるのが通好みだ。
付け汁に、うどんを付けて勢い良くかき込むとゴマと薬味の香りが口いっぱいに広がる。県産など国産小麦100%の麺は少し硬めで歯応えもしっかり。冷たくさっぱりしているが、味噌のコクで食べ応えも十分だ。
川島町商工会は2007年から「すったて」のブランド化を進めており、10年には「埼玉B級ご当地グルメ王決定戦」で「ご当地グルメ王」にも選ばれた。農林水産省の「日本の郷土食」にも認定済み。川勝の店長、尾崎晴男さんは「郷土の変わらない味を提供し続けたい」と力を込める。
川島町は江戸時代、川越藩の蔵米の産地で、米の裏作として小麦を栽培していた。埼玉は今も昔も全国有数の麦産地で、小麦粉を使った食物が好まれる「朝まんじゅうに昼うどん」という言葉が伝わるほど、麦の食文化が根ざしている。
県によると、埼玉の10年産の麦生産量は全国6位。主な小麦の作付け地域は熊谷市や加須市、鴻巣市など県北部が並ぶ。生産される小麦は約9割が、麺づくりに向いているとされる「農林61号」という品種だ。
■冠婚葬祭には欠かせない
川島町と同様、県北部で独自のうどん文化を培ってきたのが加須市。江戸時代から続くうどん文化を次世代に引き継ぐため昨年、6月25日を「うどんの日」に定める条例を制定した。
条例制定のきっかけは、市職員の提案だった。著名な観光名所が無く、「加須(かぞ)」という市名を「かす」と間違って読まれてしまうなど、知名度の低さが同市を長年悩ませてきた。
若手職員が地域活性化策を考えるうちに、地域に伝わるうどん食文化に着目した条例アイデアが浮かび上がった。発案者である市職員、武井由加里さんは「継続性があってインパクトがあるものにしたかった」と話す。
加須市のうどんの特徴は、なんといっても手打ち麺だ。市内に40~50店舗の手打ちのうどん店が存在するだけでなく、市内の一般家庭でも冠婚葬祭の日に手打ちうどんを打つ風習が今も残る。白くつるつるとしたうどんは来客をもてなすハレの日のごちそうなのだ。
「うどんの日」制定を記念し、今年6月22日にプロ・アマ問わずうどんを振る舞うイベント「加須市うどんフェスティバル」を開催、1000食分を販売した。冬にはうどんレシピを競うイベントを実施し、優秀作は実際にうどん店のお品書きに登場させる計画だ。
埼玉は河川面積の割合が47都道府県で一番大きい。国土交通省は08年、埼玉県鴻巣市と吉見町の間を流れる荒川の川幅が国内で最も広いことを確認した。河川敷や堤防を含めた川幅は2537メートル。川幅日本一の部分を通る御成橋のたもとには「川幅日本一の標」も立つ。
この、一見地味なアピールポイントをうどんに結びつけたのが、鴻巣市の「川幅うどん」だ。
麺の幅は5センチ以上と定められており、広いものは10センチにも及ぶ。現在、市内の10店で「川幅うどん」を食べられる。
「最近ではメディアやインターネットで川幅うどんを見つけて、市外や県外から食べに来てくれるお客さんが増えています」。農産物直売所に併設されたうどん店「てらや」の経営者で、川幅日本一にちなんだ地元食品を研究する「川幅グルメ会」の会長を務める成沢彬暢さんは話す。
「てらや」の川幅うどん(450円)の麺は、店近くの麦畑で栽培した小麦を使う。製粉も店舗そばで行う「究極の地産地消」(成沢さん)が売り物だ。あまりにも麺の幅が広いため、どんぶりに入るのは数本だけ。箸で持ち上げると、幅の広いうどんがラザニアのよう。予想外の幅広さに、思わず笑顔になる。
食感はうどんというより、幅広なきしめんに近い。「幅広い麺にめんつゆがたくさん付くため、めんつゆのだしや風味を楽しめるのも川幅うどんならではです」(成沢さん)
■山田うどんはソウルフード
うどんチェーンも愛着の対象となる。
埼玉県内の主要道路を車で走ると、くるくる回転する黄色い看板に描かれた赤い「かかし」をしばしば目にする。山田食品産業(所沢市)が運営するうどんチェーン「山田うどん」だ。埼玉を中心に関東で約170店舗を展開し、素朴な味わいで根強いファンが多い。
「埼玉県人のソウルフード」(フリーライターの北尾トロ氏)との評もあり、最近では、山田うどんを芸能人や文化人が「勝手連」的に応援する動きも広がる。
7月下旬の日産スタジアム(横浜市)。人気アイドルグループ「ももいろクローバーZ」のコンサート会場に、なぜか山田うどんのケータリングカーの姿があった。
ももクロのメンバーがコンサートの際、同社の人気商品「パンチ」(もつ煮込み)を食べることはファンの間で知られている。ももクロのマネジャーが山田うどんのファンだったことも縁となり、コンサート会場に出店した。うどんだけでなく、ももクロと山田うどんの限定コラボTシャツも作成。会場のカプセル自動販売機「ガチャガチャ」の景品として販売した。
「うどんの国 埼玉」の奥深さを知ると、首都圏のベッドタウンとしての表情とは異なる魅力が見えてくる。(森川直樹、加藤晶也、須賀恭平)