おじさんの知らない世界 ツイキャス人気の秘密
ブロガー 藤代裕之
2010年にサービスを開始したスマートフォン(スマホ)から動画を生中継できる「ツイキャス」。5年で800万ユーザーに成長、レディー・ガガなど海外セレブも利用するサービスだが、中高年には存在を知らない人もいるかもしれない。利用者の半分が25歳以下、女性が6割に達し、ティーン向けファッション誌では特集が組まれるほどの人気だが、45歳以上はたった5%しかいないのだ。
はやると思っていなかった
「まったくはやると思っていなくて、なんでそうなったのかはさっぱり分からないんです」。ツイキャスを運営するモイ(東京・千代田)の赤松洋介代表取締役は淡々と語る。
オフィスは、テスト用のスマホ、タブレットが並び、イヤホンをしたエンジニアが開発する様子はIT(情報通信)企業そのものだが、机の上には表紙がピンクや赤の10代向けファッション誌が置かれている。ツイキャスの特集が行われているのだ。
ツイキャスの人気は利用の手軽さに尽きる。配信用のアプリをスマートフォンにインストールし、ワンタップでライブ中継を始めることができる。Twitter(ツイッター)やFacebook(フェイスブック)のアカウントでログインするだけで面倒な会員登録は必要ない。
配信カテゴリを見ると「お勉強中」「コスプレ」「誰かかまって」「寝落ち」など、何が行われているか分からないものも多い。「ママ」では、子育ての悩み相談が行われ、「声真似(二次)」はアニメのキャラクターを声真似してセリフを言い合う不思議な世界が繰り広げられている。
赤松氏は、スタンフォード大学の客員研究員を経験、ブログの人気を測定するブログパーツ「フィードメーター」やブックマーク「あとで読む」などの開発者としても知られる。フィードメーターは、星の表記で人気度が分かるというシンプルさで多くのブロガーに支持された。
無線操縦カーの中継から生まれた
ツイキャスは、インターネットから無線操縦装置を操作できるサービス「ジョーカーレーサー」から生まれた。2009年に公開されたジョーカーレーサーは、カメラや無線LAN、リナックスのサーバーを搭載した無線操縦装置をネットから操作できるもので、いま世界的に注目されるIoT(インターネット・オブ・シングス)の先駆けだった。
既に公開していたサービスの収益などを注ぎ込み1年ほど開発に没頭したが、利用者が拡大しなかった。「大型プロモーションの話もあり、ビジネスを継続することはできたが、色々な人がもっと使ってもらえるものにしたかった」と開発を打ち切った。映像をネットから見えるという部分だけを切り出して2010年にツイキャスをスタートさせた。
最初の月で2万人以上の登録があった。新たなネットサービスに注目するアーリーアダプターやライブ配信を行なうアーティストに利用が広がり、順調に利用者が伸びていたがすぐに壁にぶちあたる。誰も中継を見に来ないのだ。視聴者がいなければ配信者もモチベーションが上がらない。
そこで、スマホで配信してパソコンで視聴という仕組みに加え、視聴アプリを開発。スマホにプッシュ通知を出すようにすることで、視聴者が配信開始をすぐに知ることができるように工夫し、ライブ感が生まれるようになってきた。
転機はTwitterとiPhoneカメラ
さらなるサービスの躍進のきっかけは、ツイッターの普及とiPhoneのアップデートだった。
ツイッターが若者を中心に流行すると、ツイキャスにもユーザーが流入し始めた。2010年にビデオ通話用に内側カメラを搭載したiPhone4が発売されたことで、内側カメラを活用し、顔を出して会話するように映像を配信する利用者が出現した。アーリーアダプターやアーティストから、高校生を中心とした若者に利用者が変化し、日常のコミュニケーションとして使われるようになった。
スムーズに進化したわけでなく失敗もあった。例えば、アイテム機能。ポイントで、拍手、クラッカーなどを購入し、配信者に送ることができる。マネタイズにつながると期待したが「すこぶるユーザーから不評」。モイモイドルと呼ばれる仮想通貨も発行したが、これは「さらに不評」。モイモイドルは2カ月で終わったが、アイテムは閉じるのが面倒で放置していたら利用者に女性が増え、利用者も増えていった。
女性が女性を呼び込む
赤松氏は「女性が快適に使えるサービスにすると女性が女性を呼ぶ感じになる。それでユーザーが伸びてくる」。運営は2.5人と最小限で、違反映像のチェックや対応を進めてきたが利用者が100万人を超え、運営の負担が増加していった。そこで赤松氏が取った方法が売却の呼びかけだ。2013年2月に「誰か買ってくれないかなw」とツイートしたのだ。
このツイートを見たベンチャーキャピタルから返信があり、投資が決定。サービスを継続することになった。赤松氏は「人を増やす収入源がなかったので、基盤のしっかりした会社に運営してもらったほうがいいと思った。だが、基盤のしっかりした会社は運営ポリシーが厳しくツイキャスを運営できず、買うところがなかった」と振り返る。
利用者を邪魔しない
利用者が拡大するにつれて、利用者同士のトラブルやスパム業者の参入などがあり運営の難しさは増す。特にツイキャスの売りとなっている緩やかな雰囲気の維持は至難の業だ。厳しいコメントや誹謗(ひぼう)中傷などを書き込む利用者もいる。ツイキャスでも掲示板を巡回してトラブルを未然にチェックするなどの対策を取ってきたが、コミュニティーができ上がることで利用者側が問題を報告するようになってきた。
「この人達が荒らしています、と報告がある。その報告にいかに早く対処するかが重要。ユーザーが場所を守ってくれるので、運営はそのお手伝いをする」と赤松氏。
ユーザーが増えると多数の機能を用意したり、アクティブ率を高めるために、メール通知を送ろうとしたりするサービス運営者が多い。マーケティングやマネタイズなど運営の都合が前面に出てユーザーが離れるということが起きがちだ。ツイキャスでは、ダイレクトメールなどは送っていない。理由は「忙しかったから」と笑うが、コミュニティーを維持するために利用者を邪魔しない運営を心がける。
ユーザーになるべく差を付けないこともそのひとつ。視聴者が多いユーザーを取り上げたりせずフラットに扱う。オフィシャルアカウントでは、認証アイコンや高画質配信が認められるが、「そんなに積極的に配布しているわけではなく。厳格には決まっていない」とユルい。
「ほとんどの利用者が友達と快適な時間を過ごしたい。有名になろうとか、無理して頑張ろうとか思っていない。ゆるーくつながる。心地よい空間として、使ってもらいたいんです」
ポルトガル語やスペイン語に対応
長年ライバル不在だったが、昨年末にはニコニコ動画を運営するドワンゴがツイキャスに似た「ニコキャス」を突如展開。5日間で終了したものの、追われる立場になりつつある。
「向こうのテレビか何かで紹介されたらしく、ブラジル人が多く配信していたので、やばいと思って慌ててポルトガル語版を作った」こともあり海外利用者は2割となった。英語、スペイン語、韓国語も用意し、世界展開を進める。2013年には米シリコンバレーに事務所を設けた。東京のオフィスも現在は16人だが50人近く収容できる広さを備える。
ネットは格差を埋めるためのツールだと捉える赤松氏。「世界は貧富の差や情報格差が激しい。いろんなものをつなげて、チャンスが得られる場をつくり、格差を埋めたい。世界はフラットになったほうがいい」。まずはツイキャスを今後2年で3000万ユーザーに伸ばし、利用者の半分を海外にすることが目標だ。
ジャーナリスト・ブロガー。1973年徳島県生まれ、立教大学21世紀社会デザイン研究科修了。徳島新聞記者などを経て、ネット企業で新サービス立ち上げや研究開発支援を行う。法政大学社会学部准教授。2004年からブログ「ガ島通信」(http://gatonews.hatenablog.com/)を執筆、日本のアルファブロガーの一人として知られる。