「魚の養殖」が増えるほど、天然魚が減る矛盾
消費者だけが知らない農業工業化の暗部(2)
アジアを中心に、魚の生産量は右肩上がりで増えている。昔ながらの漁業による天然魚の漁獲高はこのところ横ばいで推移しているが、この数年で養殖による魚の生産が急増し、いまや世界の魚生産量の4割超を養殖魚が占めるようになった。
天然魚資源の減少を受けて、魚の養殖は望ましい解決策だという見方に異論を唱える人はあまりいないのではないだろうか。しかし、リンベリー氏はこの見方をきっぱりと否定する。
「養魚業は、海の負担を減らして天然魚を保護するどころか、サーモンやトラウトのような肉食性の魚の餌となる小魚を、海からさらに多く奪いとっている」とし、「投入する魚」対「生産される魚」という大ざっぱな比率で見ても、養殖漁業はきわめて非効率な魚資源の利用法だという。
養殖魚の餌として大量に天然魚を獲って与えているので、養殖は天然資源の保護とは逆に浪費につながる、という。そしてこの先、養殖魚の生産がいまの勢いで増えていった場合、天然魚を養殖魚の餌にする現在のやり方は、持続不可能な生産手法と言わざるを得ない。養殖魚が増えるほど、天然魚の減少が加速するのは明らかだ。
もちろん、魚の養殖業界ではその事実に気づいていて、天然魚以外の餌にシフトしていくことも検討されている。ただ、工業型農業において基本的には、コストや効率が優先される。養殖漁業が急速に発展している中国やベトナム、インドなどでは、養殖魚は、集約的畜産場から出る糞便を含む飼料を与えられていることもあり、海洋汚染や魚の安全性や品質への懸念もある。
消費者にとって最も気になるのは、養殖魚の安全性や品質だろう。前回のこのコラムで、安い肉は不健康に育った肉の可能性があることをリンベリー氏は指摘した。工場式畜産と同じく、養殖漁業の魚も、「仲間の体やケージの側面と擦れあって、ヒレや尾がぼろぼろになる」くらい、狭いところに押し込められて、飼育されているケースがよく見られるという。そうした場合、安い肉と同じことが起きてしまう。
養殖サーモンに関しては、肉の色も気になるところだ。天然のサーモンやトラウトは甲殻類や藻類を食べているので、肉の色はいわゆるサーモンピンクになるが、養殖の場合、魚粉を固めたペレット状の餌が主流であるため、肉の色はくすんだ灰色になってしまう。これでは見栄えが悪く、商品としての価値が落ちるため、養殖業者は肉をピンク色にするために、餌に合成色素を混ぜ、着色しているケースが多いとされる。
しかも、狭い場所に押し込められて飼育されているので、病気にも弱く、薬物が添加された餌を与えても、死亡率は10~30%と驚くほど高いのだという。魚においても、不健康な肉が大量に生産されているのではないか、と疑いたくなる。
さらに、「成長はより速く、性的成長はより遅く」なるよう品種改良されてきた養殖魚の大量脱走による天然魚への「遺伝子への汚染」、養殖場が排出する大量の魚の排泄物による海洋汚染、ウオジラミなどの寄生虫や病気の温床になりやすいことなど、一般にはあまり知られていない、養殖漁業の負の側面は決して小さくない。
スコットランドの川で釣りあげられた脱走魚の胃の中に、サーモンの卵や稚魚が見つかることがある。つまり脱走サーモンは天然サーモンを捕食しているのだ。両者の交配も、望ましくない。1991年、英国サーモン諮問委員会は、両者の交配は環境への適応能力の低い子孫をもたらす恐れがあると述べた。天然魚は遺伝的に環境に適応しているが、養殖サーモンの遺伝子が混ざると、その強健さが損なわれる可能性がある。1999年、スコットランド環境保護省は、このような「遺伝子の汚染」を「現実に起きている危険」として認識すべきだと明言した。(『ファーマゲドン』より抜粋)
こうした話を知ると、もはや「養殖魚=サスティナブル」というプラスイメージは持てなくなってしまう。では、世界の魚の消費量が伸びている中、どうすればいいのか。品質を問わず大量生産するという工業型農業の方針を変え、環境に配慮し、健康的な魚を生産する養殖法を開発して、普及させていくのも一つの道だろう。だが、リンベンリー氏がもっとも問題視するのは、世界の漁獲高の3割が家畜の餌になっている点だ。
話は、肉の問題に戻る。そもそも、畜産の方法が、放牧型から工場のように狭い場所に集めて飼育する集約型に変わり、餌も「人間が食べない」牧草から、「人間も食べることができる」魚や穀物などの飼料に変化したことが、食べ物の連鎖にひずみを生じさせているのだという。この先、中国や新興国などの一人当たりの所得レベルが向上し、肉の消費が伸びれば伸びるほど、そのひずみはいっそう大きくなり、家畜の餌のために「人の食料」が奪われるという最悪の事態、つまりリンベリー氏の指摘する「ファーマゲドン」という危機的状況に陥る恐れがあるかもしれない。
次回は、遺伝子組み換え農産物について、リンベリー氏の警告を紹介する。
(日経BP 沖本健二)