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彩の国シェイクスピア・シリーズ番外編「ハムレット」

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蜷川幸雄の演出を30年来見つづけてきた記者として、この舞台に出合えた喜びをかみしめたい。西洋演劇と日本人の間に橋をかける、その仕事の集大成を実感できたのだから。西洋と日本、小劇場と大劇場を往還してきた演出家は、それら異質なものを次々とつなぎ合わせる。これまでの試みを呼び返し、深めている。役者が渾身(こんしん)の演技でこたえている。これは80歳の年を迎えた蜷川幸雄にしか築き得ない、演劇の交響曲だ。

英語で書かれたシェークスピア劇(河合祥一郎訳)なのに、舞台はなんと日本の貧乏長屋(朝倉摂/中越司美術)。手前に広場があり、背景に崩れそうな家が連なる。蜷川演出を見慣れた観客なら、唐十郎の台本による「下谷万年町物語」や「唐版 滝の白糸」(今回と同一セット)を思い起こすかもしれない。日本にシェークスピアが紹介された19世紀の風景だと字幕説明があり、「ハムレット」の最後の稽古が試みられるという設定だと明かされる。

父を殺されたデンマーク王子の復讐(ふくしゅう)が主筋である。父をあやめ、母を妻とした現王に王子ハムレットは正義の剣をふりかざそうとする。ハムレットに復讐の心をうえつけるのは父の亡霊だ。この舞台では、夢幻能の後ジテ(シテは主役の意)のように出てくる。演じるのは現王と2役の平幹二朗で、80歳を超え驚異的というほかないセリフを聴かせる。朗唱術が能の様式美にも通じ、さえわたる。

能は亡霊の演劇であり、死者のまなざしで幻の過去を再現する。その劇構造を取り込むことで、人の気配のないうら寂しい貧乏長屋は幻影を映し出す夢の時空へと跳躍する。長屋はしばしば闇におおわれ、光が点滅するように劇が進行する。藤原竜也の演じる「長屋のハムレット」は孤独な夢想者であり、彼の前に現れる人々は時に幽霊のようでもある。そこは生死の境界とも見えるのだ。

光はまばゆく、闇は深い(服部基照明)。小劇場で追究された闇の表現は昨年の「2014年・蒼白(そうはく)の少年少女たちによる『カリギュラ』」(カミュ作)で高みに達したが、世界からの絶対的孤立を感じさせる闇の虚空がここにも。ハムレットの心理をなぞるように明暗のニュアンスはしぼりこまれる。惨劇の色は赤い光で象徴的に。光と闇の舞台だ。

生きるべきか、死ぬべきか。腐った世界はたださなければならない、しかし、それは死への道かもしれない。が、生きる意味とはそもそも何だ……。

青年ハムレットは激しく問い詰める。その身体だけが光の中に浮かんで発せられるときの独白の強さ。言葉が表層を流れてしまうときのある藤原竜也も、今回は要所で抑えをきかせ、言葉に底光りをたたえさせた。

これまで蜷川ハムレットの主役は藤原以外、平幹二朗、渡辺謙、真田広之、市村正親、マイケル・マロニー、川口覚が演じた。二度目となる藤原のハムレットは、性の不安と正義への突進が結び合うあたりに演技の個性が色濃くにじむ。前回は体当たりの新鮮さが評判を呼んだが、今回はセリフに血を通わせる挑戦。ハムレットを惑乱させる言葉のひとつは「近親相姦(そうかん)」だ。母を汚されたと感じる青年はその母に性的な衝動をもつ。一方で純粋なオフィーリアへの愛はとげられない。性的な不全感が反抗をうながすさまが、くっきり。母への屈折した恋情は寺山修司作「身毒丸」でやはり藤原が蜷川演出で演じた。それだけに迫真となる。

どの役者もセリフが明敏であり、母音が効いて客席によく届く。新劇の衰退とともに現代演劇の大勢が捨ててしまった発声の大切さを蜷川演出が見直している点は特筆に値する。言葉の演劇である「ハムレット」はまさに言葉の沈黙で終わる。能の詞章のように、闇の国から言葉が降りてきて役者に憑依(ひょうい)する、そんなふうに感じられる瞬間もあったほど。

中でも、たかお鷹(ポローニアス)。分別はあってもハムレットの決意を理解できない世間一般の姿が、一癖あるセリフにから伝わる。難役の墓掘りも山谷初男がこれ以上ない演技。この道化ぶりはまさに死の無常を浮きたたせる。王女ガートルードの鳳蘭が母の大きさを体現し、息子を暗に支配する力がまざまざ。横田栄司(ホレイシオ)も常以上にかたい。満島ひかりのオフィーリア、満島真之介のレアーティーズは兄妹役を姉弟で演じるが、ともに清新だ。ひかりの瞬発力、真之介のかげりのなさ。

が、もっとも驚かされたのは進軍するノルウェーの王子フォーティンブラスだ。惑いと無縁のまっすぐな武人をハムレットはたたえ、次代の支配者に見立てさえする。これまでの演出では暴走族の首領のようなフォーティンブラスが暴れ込み、現代の風を吹かせる幕切れが何と言っても印象に深かった。ハムレットの夢の甘さを裁断する残酷な演出が今度もあるかと思いきや……。

暴力の対極にある青白い身体が出現したのである。若い役者集団さいたまネクスト・シアターから起用された内田健司は上半身の肌を見せ、やせぎすの体でふらふら歩く。つぶやきのようなセリフ、意表をつく静けさ。同じ役者が「カリギュラ」で見せた演技をほうふつとさせたが、今回はそのトーンが嵐のような心理劇の中で圧倒的なイメージを築く。いわば引き算の衝撃。

権力への欲望、復讐、闘争といった野心が渦巻くデンマークの宮殿は死体が積まれた末、滅ぶ。フォーティンブラスのセリフに、ベートーベンのピアノ・コンチェルト第3番第2楽章ラールゴのひそやかなピアノ。観客によっていかようにも受け取れる終局ではあるけれど、ピアノ独奏の至高の音色が兆すと長屋の闇から一筋の光が差してくるのを感じないわけにいかなかった。「ハムレット」でこんな静かな幕切れがありえたのか。

私はこう受けとめた。生活のために闘い、けれど夢破れ、斃(たお)れていった無名の青年たち。今は闇の中にいるだろう無数のハムレットたちへの、これはひそやかな挽歌(ばんか)でもあったのではないか。

ふりかえれば、蜷川ハムレットは西洋演劇を日本人が演じる不自然さと闘う歴史であった。楽屋の風景を見せたり、演歌のこまどり姉妹を登場させて劇をかき乱したりしたのも、そのためだっただろう。

この新演出でも冒頭で「稽古」と断りを入れ、日本人が西洋演劇を演じる虚構性をはじめに明かす。日本人の記憶につなげる手法もふんだんに取り入れる。王殺しの劇中劇で、ひな壇の人間が動きだす演出はこれまでも繰り返し用いられた。今回はいっそう洗練され、幻の風景として劇に収まる。さらには井上ひさし作「ムサシ」で大胆に取り入れられた能の手法。いくつかの舞台で響いた読経の声。蜷川演出に大きな影響を与えた歌舞伎から、定式幕の引き落とし。過去の多彩な試みが自在に引用される。

兄の先王を殺した現王が罪の意識にさいなまれる場面は、共同井戸の水による朝の水垢離(みずごり)で表された。罪を水に流す日本人のケガレ観と西洋演劇とをつなげる演出だろう。日本人的な罪の感覚はハムレットの繰り出す西洋の言葉にはむろん通じない。肌もあらわな平幹二朗の力演で、この場面も実に鮮やかなものになった。

歌舞伎や能と異なる同時代の言葉で演劇を目指す運動は明治大正期に産声をあげ、新劇と呼ばれた。その柱となったのが西洋の翻訳劇である。戦後にいたるまで輝かしい存在だった新劇ではあったが、一部のインテリ層に浸透しただけで生活者にまで到達することはなかったと総括できる。新劇に反抗した蜷川幸雄はその実、翻訳劇を大衆に届けるという新劇が果たせなかった夢をたったひとりで貫き通した演劇人だった。

シェークスピアやギリシャ悲劇の名作で、その闘いを敢行しつづけてほしい。そう願っている。

視覚や音響を過剰にすれば、セリフが後景にひいてしまうことがある。セリフにとらわれすぎると、イメージの喚起力が減退することがある。背反するものをつなぐことは容易ではない。ところが3時間を超えるこの大作は趣向を満載しながら簡潔であり、身体の躍動が確かなのに言葉が明晰(めいせき)だった。演出家の熱を受けた演出補の井上尊晶以下、チーム力が生んだ「総合演劇」。初日(1月22日)は、展開の足どりが重く感じられたが、日をおってリズム感が増すだろう。おそるべき熱源、蜷川幸雄に拍手を。(編集委員 内田洋一)

2月15日まで、彩の国さいたま芸術劇場。2月20日~3月1日、大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ。3月26~29日、台湾・国家戯劇院。5月21~24日、ロンドン・バービカン・シアター。

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