余剰電力、住宅間で融通 ソニー描く「エネルギー未来図」
「実験用としては、極めて高い完成度」。ソニーコンピューターサイエンス研究所(ソニーCSL)のファウンダーで、ソニーの上席常務などを歴任した所眞理雄氏が自信を深めている技術がある。
それは、太陽電池と蓄電池を組み合わせた分散電源による新しいタイプの家庭用エネルギーシステムである。分散電源を複数の住宅に設置し、住宅同士を自営線で結んで直流電力をやり取りする。
2013年に沖縄科学技術大学院大学(OIST、沖縄県恩納村)や沖創工(那覇市)、ソニーグループと共同で始めた開発プロジェクトで生まれた技術である。現在はOISTのキャンパス内にある教員住宅で実証実験が進行中だ。2015年2月2~3日には、OISTで開催した「第2回オープンエネルギーシステム国際シンポジウム」で成果を披露した。
「これから1~2年で商用化できる水準」と所氏が胸を張る分散電源の特徴は、各住宅で発電した電力を管理するシステムにある。キーワードは、「オープン」だ。
太陽光発電の余剰電力を"お隣さん"と融通
現在、家庭用の太陽光発電システムでは、発電した電力の余剰分を電力会社に売る仕組みを取り入れていることが多い。固定価格買取制度(FIT)に基づく売電である。
ソニーCSLなどが分散電源システムで取り入れた仕組みは、このFITの発想とは対極にある。電力会社の電力系統との連携やFITには、ほとんど焦点を当てていないからだ。では、余った電力はどうするのか――。蓄電池に蓄えた電力の余剰分は、各住宅間で融通し合うのである。
例えば、晴天の昼間に留守でほとんど電力を使っていない家庭があるとしよう。何も策を講じなければ蓄電システムはフル充電となり、太陽光発電パネルの発電能力を生かし切れなくなる。
一方で住宅内で活発に電力を使い、電力が不足気味の家庭もあるだろう。今回開発した分散電源システムでは、蓄電システムからあふれた余剰電力が電力不足の家庭へと流れていく。これが「融通」の意味である。
仮に、夜間に蓄電システムが空になってしまった場合の保険として、電力会社の商用電源に無瞬断で切り替えて、電力を確保する仕組みも取り入れた。これらを実現することで、コミュニティーの中で「電力をみんなでつくり、みんなで使う」システムの構築を目指している。
蓄電池容量75%超で融通開始
ちょうど1年前。同じようにOISTで開催された第1回シンポジウムで実証実験用の分散電源システムを公開した時点では、相互につながり電力を融通し合う住宅の数は3棟だけだった。1年間でその数は19棟に増えた。
実験で導入した太陽光発電パネルはパナソニック製で、2.8kWのシステムが10棟、4.2kWシステムが9棟の合計65.8kW。各住宅に設置した蓄電システム「エネルギーサーバー」は48V電源で動作し、制御用のコントローラーや蓄電池、双方向のDC-DC(直流-直流)コンバーター、家電用のDC-AC(直流-交流)コンバーターなどから成る。蓄電池には、容量が4.8kWhのソニー製のリチウムイオン二次電池を用いた。
もちろん、今回の成果は住宅の数を増やしただけではない。その仕組みは大きく進化している。各住宅間で自律的に電力を融通する仕組みを新たに取り入れたのだ。1年前は手動で電力融通を切り替えていた。
電力を自動で融通し合う仕組みは、主に三つの条件を基に制御している。最大の条件は、蓄電池の使用状況が容量の75%を超えたらほかの住宅に融通を開始すること。このほか、各家庭の過去の使用パターンと、コミュニティー内に設置した気象監視システムからの情報を組み合わせて電力融通の判断条件を算出しているという。
夏の電力自給率は約8割に
この自動化の仕組みがうまく動いたことが、所氏の手応えにつながっている。「今回のシステムは実験のためではなく、実際に使ってもらうために開発した。現在は、人が介入せずに動作している。安全で信頼性も高い。生活者が日常生活で今回のような分散電源システムを使用している場所は、世界でも例を見ない」(同氏)。
実際、19棟の住宅における分散電源システムの実測では、2014年12月24日~2015年1月23日の1カ月間の電力自給率(=[電力消費量 - 不足電力量]/電力消費量)が52%になった。
ソニーCSLによれば、この自給率は大規模太陽光発電所(メガソーラー)のような中央集中型の太陽光発電システムよりも4%ほど低いが、スタンドアローン型の太陽光発電システムよりも9%ほど高い結果という。
これは、日照量が少ない冬季の値である。シミュレーション結果に基づく夏季の分散電源システムの自給率は73%に達すると推定している。ちなみに、同じ条件のシミュレーションで中央集中型の自給率は78%、スタンドアローン型は59%である。
実験で導入している太陽光発電パネルの発電量と蓄電池の容量を2倍にすると仮定したシミュレーションでは、夏の分散電源システムの自給率は95%と、中央集中型とほぼ同程度になるという。
「今回開発した分散電源システムは、中央集中型とスタンドアローン型のいいところ取りができる」と、所氏は言う。実は、同氏による冒頭の「極めて高い完成度」という自信の発言には、もう一つの裏付けがある。それは、実証実験を通じて得た分散電源システムを運営するノウハウの蓄積である。
通常より安全性高い電力管理
今回の分散電源システムでは、住宅間で350Vと高電圧の直流電力をやり取りする。蓄電システムの内部も高電圧の電力を扱う。このため、これまでの電力管理とは異なる水準の安全性の確保が不可欠だ。ソニーCSLなどは、電力管理会社や住人などに向けて、分散電源システムで不測の事態が起きたときの対処方法を電気設備の設計や管理を手掛ける沖創工などと検討し、マニュアル化した。
2014年12月の19棟による自動運転の実験開始後、このマニュアルの整備が功を奏したケースがこれまでに2度あったという。「工事のために電力会社の商用電力が一時的に届かなくなるケースもあった。それでも、きちんと対処することで分散電源システムは止まることなく、停電することなく電力を供給し続けた」と所氏は振り返る。
実験を行っている沖縄は、台風による自然災害で停電が発生しやすい地域。今回のシステムは実際の台風シーズンをまだ経験していないものの、「我々のシステムは、効果的に働くだろう」と所氏は話す。
本当に電力を必要としている地域から導入
今回沖縄を選んだ理由は、亜熱帯島しょ型の気候に対応できるかを確かめるためでもある。それを乗り越えることで、世界に散らばる離島や、電力供給が不安定な地域、さらには電力供給のないへき地でのビジネスの可能性が開けてくる。経済成長の真っただ中にあり、これから電化が本格化する途上国の市場は大きい。
もちろん、商用化に向けた課題は少なくない。例えば、蓄電システムの価格だ。太陽光発電パネルの価格は下落しているものの、蓄電池にはさらなるコスト低下のブレークスルーが必要だろう。それでも、所氏は楽観的に見ている。
「今回のシステムは、1棟から導入して、少しずつ参加住居を増やしていくことが可能なボトムアップ型。地産地消で小さく始められて、大きいシステムにも対応できる。まずは本当に電力を必要としている地域からこうしたシステムの導入を始めることで、導入コストは下がっていくだろう。5~10年後には都市部で導入例が出てきてもおかしくはない。それを積み重ねていくと、巨大な送配電網は必要なくなるかもしれない」(同氏)。
分散電源の普及の先には、直流による電力供給が当たり前になる世界がある。「家電など家庭内のすべてを直流化していくことが、私の夢」と所氏は力を込める。1~2年後という目標に向けて、実証実験による技術面、運用面での蓄積を商用システムとして昇華できるか。電力業界の従来の常識にくさびを打ち込む取り組みが問われている。
(日経テクノロジーオンライン 高橋史忠)
[日経テクノロジーオンライン2015年2月5日付の記事を基に再構成]
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