氷上の美学(杉田秀男) 勢いの羽生、実績の高橋 全日本フィギュアで一騎打ち
ソチ冬季五輪の最終選考会であるフィギュアスケートの全日本選手権が21日に始まり(23日まで、さいたまスーパーアリーナ)、男女それぞれ3枠の代表争いがいよいよ決着する。特に実力伯仲の男子は3番目の椅子を巡って大激戦となりそうだ。
■羽生、全日本で表彰台なら五輪当確
日本スケート連盟は五輪代表の選考基準を以下の通りに定めている。
(1)全日本選手権優勝者
(2)全日本選手権の2位、3位とグランプリ(GP)ファイナルの日本人表彰台最上位者の中から選考
(3)2人目の選考から漏れた選手と、世界ランキング日本人上位3人、今季の国際スケート連盟(ISU)公認大会最高得点の日本人上位3人の中から選考
この基準に照らすと男子は羽生結弦(ANA)が抜け出ている。GPファイナルでは世界歴代最高得点に迫る293.25点をマークして優勝、世界ランクも1位。今大会で表彰台に上がれば代表当確といっていい。
昨年までと比べると、一言でいえばたくましくなった。これまでは後半にバテながらもジャンプだけは跳んで得点をキープしていたのが、必要な筋肉がついてしっかりしてきた印象だ。
今季はパトリック・チャン(カナダ)とGPシリーズで3度対戦し、2位、2位ときてファイナルでは勝った。チャンの方はベストの状態というわけではなかったけれど、特別大きな失敗があったわけでもない。世界選手権3連覇の王者に勝ったという経験は大きな自信となっただろう。
■ベテラン高橋、技術はナンバーワン
一方、ベテランの高橋大輔(関大大学院)は右脛骨(けいこつ)骨挫傷でファイナルを欠場した。そこから全日本選手権まであまり日数がなかった点は気になるものの、氷上練習ができない間も陸上でしっかり体は動かしていたようだ。
問題は氷の上の感覚的なものだけで、コンディションを整えて足もしっかり動かせる状態なら技術は日本人スケーターの中ではナンバーワン。今季はスケートアメリカで4位と振るわなかったが、NHK杯では気迫のこもった美しい演技で優勝した。自力の高さを考えれば、今大会の優勝争いは実績十分の高橋と、勢いに乗って怖いものなしの羽生との一騎打ちだろう。
この2人に続いて名前が挙がるのは織田信成(関大大学院)、小塚崇彦(トヨタ自動車)、町田樹(関大)、無良崇人(岡山国際リンク)の4人。ほとんど力の差がない接戦だ。
■自分の良さを完全に取り戻した織田
織田は今季、自分の良さを完全に取り戻している。GPファイナルではショートプログラム(SP)、フリーともに冒頭の4回転ジャンプで転倒して体力を消耗したけれど、そこから尻上がりに良くなっていった。持ち味である足首と膝の柔らかさと、ジャンプも含めた流れのある動きを発揮できている。
選手同士にレベルの差がない場合はプログラム勝負という面があって、プログラムを完全に自分の中で消化してみんなにアピールできるかどうかがカギになる。その点でいうと織田の今季のプログラムは彼らしいコミカルな部分も入れて、雰囲気がうまく出ているという印象だ。
小塚は昨季から故障や靴のトラブルで不調が続いて、GPシリーズで結果を出せなかったことが悩みにつながっているようだ。もともと股関節の骨の受け皿の部分が浅く、激しく動くと痛みが出てくるらしい。
彼はとても深いエッジ(刃)で滑る分だけ、体の可動性が十分でなければミスが出やすくなる。スケーティングの切れの良さは素晴らしいものがあるだけに、痛みの具合が気にかかる。
■町田、4回転―3回転決められるか
GPで2勝を挙げた町田は好不調の波があるものの、練習で失敗しているジャンプでもここ一番では跳んでくるのは成長の証しだ。自分のものにしつつある4回転―3回転の連続ジャンプを確実に決めていくことが上位に食い込むための絶対条件になる。
ただ一つ気になるのは、フリーを昨年と同じ「火の鳥」で滑ること。中身を改良したり工夫したりしているとはいえ、同じプログラムだとトップクラスが集う大会では審判に与えるインパクトが弱くなる。滑り込んで慣れているという良さの半面、フレッシュさに欠ける点も否めない。
無良もNHK杯からフリーを昨年のプログラムに戻したことがどう出るか。前と同じ内容なら審判の目も肥えてくるので、何か新しいインパクトを与える工夫がなければ点は伸びてこない。GPでは結果を出せなかったけれど、もともとジャンプが得意でパワーのある選手だ。
代表3番手を争うとみられる4人を比べると、失敗をリカバリーできる織田の安定感が光り、町田も実績を残している。とはいえ、それぞれ違う特徴を持っていて接戦は必至なだけに、ショートプログラム(SP)の出遅れが致命傷になりかねない。みんなSPから4回転ジャンプを入れてくるはずで、それをうまくコントロールできるかが大きなポイントになる。
■浅田に次ぎ鈴木、序列が見える女子
大混戦の男子に対して、女子はある程度の序列が見える。特に浅田真央(中京大)の優位は動かない。
GPファイナルまで3戦連続で200点を超える高得点で優勝。今の浅田はトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)が跳べる跳べないではなく、滑りそのものの技術が世界的に見てもトップにある。今季のプログラムはSPもフリーも難しい内容になっているのに、止まる動きがほとんどなく全てを流れの中でこなしている。スケートの基本的な部分がレベルアップしている。
総合力で浅田に次ぐのは鈴木明子(邦和スポーツランド)。ジャンプで自分のリズムとタイミングをコントロールできるかという課題があるものの、SPの「愛の賛歌」で見せているベテランらしい表現力は健在だ。今季はGPファイナルには進めなかったとはいえ、スケートカナダ、NHK杯と連続で表彰台に上がっており安定感がある。自分のスケートというものを持っている選手だ。
■3番手村上は元気印を生かせるか
実績からいえば、3番手は昨季の世界選手権で4位に入った村上佳菜子(中京大)だろう。今季は大人の女性を意識したプログラムのつくりになっているけれど、彼女の持ち味である元気印のスピーディーな演技をもっと生かした方がいい。今からプログラムを急に変えなくても、動くところは思い切り動くとか、演技の中で変化をつけていくことだ。
最近はジャンプミスも増えていて、これは姿勢の問題。気持ちの部分だけが先に行ってしまうような感じで突っ込むから、上半身が折れてしまっている。ジャンプの前の無駄な動きをなくせば精度は上がるはずだ。
その後に続く存在といえば、全体としてうまくまとまっている15歳の宮原知子(大阪・関大高)だ。本当に優等生といった感じで、一つ一つ判で押したようにキチッと滑る。大崩れしない分、周りにミスが出たときに上位に食い込む力はある。実際、ロシア杯では5位に入り、7位の村上を上回った。
逆にいえば、自分の力で村上らを追い抜いていくためにはもう少しパワーアップしたものが必要だ。「1+1は2」という感じの真面目な滑りも悪くはないけれど、見ている方が「えっ?」と目を見張るような動きの変化がほしい。体が小さく迫力に欠けるというハンディがある分、動作のスピードアップで全体を大きく見せるというのも今後の課題だろう。
■気力でわずかな可能性に懸ける安藤
もう一人、注目されるのが安藤美姫(新横浜プリンスク)だ。今月上旬のゴールデンスピン(ザグレブ)で2位に入った演技を見ると、さすがだと思う部分があった。一番いいときからするとまだ70%くらいの出来で、スピード感や動きのシャープさはもう一つだったけれど、復帰直後と比べれば間違いなく自分の力を出してきている。
出産・育児などいろいろな条件があって、周りの雑音もある中で滑っているのはすごいこと。その気力を全日本でどれだけ発揮できるかだ。もちろん2年間のブランクがあり状況は不利。優勝者に迫るような素晴らしい演技を見せて表彰台に上がり、わずかな可能性に懸けて頑張ってほしい。
(日本スケート連盟名誉レフェリー)