熱や振動を電気に変換 エネルギーハーベスティングの将来性
編集委員 滝 順一
日常生活の中に隠れているエネルギーを取り出して生かす「エネルギーハーベスティング」と呼ばれる新技術に注目が集まっている。家電製品が発する熱や自動車走行がもたらす振動などを活用しようというものだ。社会のIT(情報通信技術)化を促し、最終的には持続可能な社会づくりにもつながると期待する声が大きい。技術普及の旗振り役の1人、NTTデータ経営研究所の竹内敬治シニアスペシャリストにエネルギーハーベスティング技術の現状を聞いた。
昔の「鉱石ラジオ」が実は先駆け
――まずエネルギーハーベスティングとは具体的に何か。
「環境の中の未利用エネルギーを集めて電気に変換する技術だ。電波のエネルギーで音を出す鉱石ラジオが最も古い例のひとつである。電力網や電池の信頼性が低かった20世紀前半ではそうした技術がもともとあった。広義では風力や地熱など自然エネルギーもエネルギーハーベスティングに含まれる。ただいま脚光を浴び普及に力を入れているのは、もっと電力が小さいマイクロワットやミニワット級の発電技術である」
――再び注目されているのはなぜか。
「エネルギーハーベスティングの用途のひとつはモバイル機器の電源。電卓や腕時計はすでに太陽光や体温、腕の動きなどで充電し電池交換が不要の製品が普及している。しかし最近はスマートフォンなど、より電力を必要とする機器が日常生活に欠かせなくなり、電池切れしない製品が望まれている。また電力インフラが乏しいアフリカなどの途上国では携帯電話やノートパソコンでも太陽光発電に対する需要が大きくなってきた。一部では、煮炊きをするかまどの熱で充電する製品が既に登場し、低価格なことから支持を広げている」
「あらゆる製品がネットでつながる『モノのインターネット』が急速に整備され始めたことも追い風だ。モノのインターネットは米ゼネラル・エレクトリック(GE)や米シスコシステムズ、米インテル、米マイクロソフトなどが組み実現を目指しており、これからの成長市場として期待が大きい。例えばGEは昨年『インダストリアル・インターネット構想』を打ち出し、あらゆる製品にセンサーを埋め込みデータを集めビッグデータとして解析することで生産性向上を目指している」
「ただモノをネットにつなぐには必ず電源がそれぞれ必要になる。そこでエネルギーハーベスティングの出番というわけだ。モノのインターネットが普及することで得られる経済効果は2030年には15兆ドルに及ぶと期待されている」
――環境やエネルギー問題の解決にも役立つか。
「エネルギーハーベスティングで得られるエネルギーの量は小さいため、原子力発電所の代替などにはとてもならない。しかし様々な製品にセンサーやコンピューターが制御する部品アクチュエーター(駆動装置)を埋め込められれば、例えば室内の照度センサーで照明をコントロールするのが容易になる。日本中で小まめに制御することで総量として電力削減に寄与できるので、省エネルギーに貢献できる。工場や発電所の装置や発電機の効率が上がればエネルギー消費の抑制にもつながる。いわゆるグリーン・バイ・IT(IT活用による省エネ)の実現だ」
製品化で先行する欧米ベンチャー
――この分野では欧米が進んでいるのか。
「製品化で先行するのは欧米のベンチャー企業だ。日本企業はよい技術を持っているが、残念ながら本気で取り組む企業はまだ少ない。小さなデバイスは大企業が取り組むほど市場規模が大きくないためだろう」
「欧米では政府による支援もある。米国では国防高等研究計画局(DARPA)などが年間100億円規模で開発助成をし、軍事用に開発されたモバイル技術が民間へ転用されつつある。環境意識の高い欧州ではエネルギーハーベスティングなら電池を廃棄せずに済むとして注目度が高く、欧州連合(EU)加盟の各国が開発に力を入れている」
――例えばどんな製品があるのか。
「測定データを集めるため工場内の装置に後付けするセンサーがその一つ。装置の振動や熱を利用してデータを無線で飛ばせるもので、GEや重電世界大手のスイスABBが使っている」
「イスラエルの企業の場合、道路に埋め込んで自動車の振動で発電するデバイスを開発した。交通量の測定や過積載トラックの摘発に利用している。また米カリフォルニア州では、道路で集めた振動で発電し近隣住宅へ給電する構想もある」
「米航空宇宙局(NASA)からスピンアウトした企業が取り組む例もある。振動を電気エネルギーに変換する圧電素子を用いて、スイッチのオンオフ操作で生ずる電力を取り出すものがそれ。結果として無線で照明器具を制御できるため、室内の配線が不要になるというものだ」
――国内での普及の進捗度合いはどうか。
「技術の開発と普及をうながす目的でエネルギーハーベスティングコンソーシアムを10年5月に設立した。当初は事務局のNTTデータ経営研究所(東京・千代田)を含め13社だったが、いまは約50社に増えた。参加企業同士が互いに組んで非常に活発に事業化に向け取り組んでいる。近く公表できる成果を出せる見通しだ」
「最近の見本市で紹介された日本企業の成果としては、例えばミツミ電機と竹中工務店がビルの空調ダクトの振動で温度センサーなどのデータを集めるシステムを公表している。ホンダの車用品子会社ホンダアクセス(埼玉県新座市)とミツミ電機がステアリングから手を離さないでカーナビなどを操作できる『自己発電型車載用無線スイッチ』を発表している。自動車のステアリングなどに組み込むというものだ。各社から成果が着々と世に出つつある」
「地方の中小企業が集まって事業化を狙う動きも出てきた。秋田県は7月、県内企業を集めてエネルギーハーベスティング研究会を発足させている」
取材を終えて
ものすごく目新しい技術かといえば、実はそうでもないエネルギーハーベスティング。太陽電池を内蔵した「ソーラー電卓」は1970年代からあったし、弱い光でも発電するアモルファス電池も先駆的な実用例だ。しかしネット社会の到来によって、エネルギーハーベスティングはまったく違った意味を帯び始めた。機器は単独に存在するのではなくネットを通じてつながり混ざり合って機能する時代の到来。その世界でこそエネルギーハーベスティングは、大きな役割を果たすのだろう。
もちろん普及させるにはまだまだ技術の進歩が欠かせない。どんな場所でも取り付け可能にするには、太陽電池をフィルムのような色素増感型にしなければならない。圧力で電気を起こす圧電素子や熱を電気に変える熱電素子なども、改良する必要がある。きめ細かい需要に合わせた部品の開発は日本企業がまさに得意とする分野だ。加えて社会インフラとして根付かせるようシステム化する知恵があれば、欧米に先行して「環境立国ニッポン」の名を世界にとどろかせることも難しくないはずだ。