世界の胃袋も握れ クックパッド、M&Aで猛攻
レシピサイト運営のクックパッドが海外のM&A(合併・買収)を加速させている。新本社を主婦に人気の東京・恵比寿に開設。利用者の反応をきめ細かく捉えてレシピの投稿や閲覧を促すカイゼンを繰り広げ、国内月間利用者は4500万人に上る。恵比寿発、世界の主婦友に。海外の食卓も席巻できるか。
レバノン、米国、インドネシアにも食指
地中海東岸に位置し、シリアとイスラエルに隣接するレバノンの首都、ベイルート。復興途上にあるかの地で10月末、クックパッドは現地レシピサイト大手「ネットシラ・エス・エー・エル」の買収を決めた。
内戦のイメージが強いレバノンの企業を日本企業が買収するのは珍しい。「英語圏やスペイン語圏、インドネシア語圏で事業展開の足がかりを築いたが、次はアラビア語圏での事業拡大を狙う」と、クックパッドの穐田誉輝社長は買収目的を説明する。
アジアや欧米、中東圏の企業情報が集まりやすいシンガポールを拠点に情報収集し、海外買収を推し進める。ネットシラは約2億人のアラビア語が母国語の利用者に向けてサービスを提供している。レシピサイト「Shahiya(シャヒヤ)」は特に「ラマダン(イスラム教の断食月)」の期間にはアクセスが集中するという。
多いときには月間利用者数が400万人を超えるなど中東全域で人気のサイトだ。「アラビア語圏には家庭で自炊する食文化がある。所得水準が高い層も多く、利用者への有料課金など当社の事業モデルになじみやすい」(穐田社長)。
クックパッドは今、海外のレシピサイト運営会社を次々買収している。1月には月間利用者が100万人のレシピサイトを手掛ける米オールザクックスを買収。同時にスペインのポータル(玄関)サイト運営のイティス・シグロからもレシピサイト事業を取得した。
5月にはインドネシアでレシピサイト事業を運営するシンガポール企業も買収した。12日には新たなM&Aを狙い、公募増資で最大105億円を調達すると発表した。
クックパッドの創業者は慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)出身の佐野陽光氏だ。前身のコインを発足させ、2004年にクックパッドを設立した。海外事業強化にかじを切ったのは12年からだ。
この年、佐野氏は技術開発や海外戦略に専念するため社長を退任し、社外取締役で、元カカクコム社長の穐田氏を新トップに迎えた。以来、海外M&Aとスーパー特売情報の提供や食材の定期宅配など事業の多角化を推し進めてきた。
本業のレシピサイト運営も好調だ。足元の利用者数は1カ月に4500万人に達し、月280円(税別)の有料会員も140万人を突破した。無料サービスの魅力を高めて利用者を増やし、広告収入を高めた上で有料課金モデルを展開し高収益が続く。世界最大級のレシピサイトに成長した。
ランチ時には社内キッチンで料理を作る文化
海外の多くのレシピサイト運営会社は経営が厳しい。なぜクックパッドは成功したのか。その強さの秘訣は9月に引っ越してきたばかりの恵比寿ガーデンプレイスのクックパッド本社に行けばすぐ分かる。恵比寿は渋谷や代官山に隣接。当時のサッポロビールが都市再開発して注目を集め、セレブと呼ばれる富裕層が暮らし、主婦の憧れの街となった。
まず目に飛び込んでくるのはガラス張りの広大なオープンキッチンだ。中央には様々な食材が詰まった巨大な冷蔵庫が設置され、社員が自由に使える。昼食や夕食の時間帯になると社員同士が思い思いのグループを作り、料理を一緒に作って食べる姿が見られる。このキッチンは、役職や職種の垣根を越えた社内のコミュニケーションを活性化させるのが狙いだ。
食事を取りながら会話するうちに、主婦などの利用者と同じ目線に立って自社サービスの理解度を深めることにもつながる。「レシピを投稿しやすくするため、企画担当者やデザイナー、エンジニアが新しいアイデアを考え、夕方にはプロトタイプが完成していることもある」と堀口育代執行役は話す。
社員はまだ200人規模だが、デザイン変更や検索精度の向上などのカイゼンに1日10回は取り組む。猛スピードでカイゼンを重ねるのがクックパッドの強さだ。今や日本の主婦の3人に1人が利用し、男性にも人気だ。世界の食卓に挑むのはこれからだ。
(高槻芳)
[日経産業新聞2014年11月18日付]