「待ち受け画面が世界を制す」 スマホの競争、新時代へ
UIEvolution 中島 聡
「フェイスブックがスマートフォン(スマホ)を開発しているらしい」という噂は、1年ほど前からちらほらと聞こえていた。4日(米国時間)、その真相がようやく"フェイスブックHome(ホーム)"という形で発表された。
ホームは、アップルのiPhone(アイフォーン)のようなハードウエアでも、Android(アンドロイド)のような基本ソフト(OS)でもなく、「フェイスブック版待ち受けアプリ」を含む一連のアプリケーション群である。Androidスマホの待ち受け画面やホーム画面で、フェイスブックの写真やメッセージを表示するように変更する。
画面カスタマイズにいち早く取り組んだドコモ
"携帯電話の待ち受け画面(もしくはホーム画面)をカスタマイズする"仕組みを世界で最初に導入したのは、NTTドコモである。日本の携帯電話がほかの国より18カ月進んでいるといわれた2003年に、505iシリーズで導入したiアプリDXがそうである。当時は、業界関係者の間で「待ち受け画面を制するものは世界を制す」といわれるほど期待されたものだった。
現実には、iアプリDXにおける待ち受けアプリの活用は「時計アプリ」など限定的な範囲にとどまったし、iモードが世界のデファクトスタンダードになることもなかった。だが、「携帯電話の待ち受け画面をカスタマイズする」という発想は画期的だったし、通信事業者としては大冒険だった。
待ち受けアプリの導入は、一歩間違えれば携帯電話の操作性を根本から変えてしまう。携帯電話を単なるデバイスとしてではなく通信サービスの一環として提供している通信事業者としては、携帯電話の操作性がまったくかけ離れたものになってしまうのは、ブランドという意味でもサポート面でも好ましくない。
iアプリDXを使ってiモードの待ち受けアプリがカスタマイズできる範囲は限定されており、実現できるカスタマイズも限定的だった。利用できる開発会社も、正式に契約しているところに限定していた。
それと比べると、Androidははるかにオープンであり、カスタマイズできる範囲も大きい。待ち受け画面をカスタマイズするだけでなく、OSそのものに手を加えることすら可能である。
フェイスブックは、このAndroidのオープンさを活用し、ホームでAndroidの基本画面を「さまざまなアプリを起動するためのもの」から「友達・知り合いとコミュニケーションするためのもの」に全面的に変更してしまったのだ。
ポケット型コンピューターに進化した携帯電話
フェイスブックが、なぜホームをリリースしたかを理解するには、「そもそも携帯電話とは何か?」「携帯電話の操作性はどこに主眼を置いて設計すべきか」という"携帯電話のあり方"そのものを改めて考えてみる必要がある。
携帯電話は本来、音声通話やメールなどのコミュニケーションのためのツールであった。だが、高機能化が進むにつれ、ブラウザーやゲームなど、さまざまなアプリケーションを走らせることができるようになり、今や「ポケットに入るモバイルコンピューター」という存在にまでなっている。
アップルが07年にiPhoneを発表した際に、スティーブ・ジョブズ氏は「iPhoneは携帯電話とインターネット端末とiPodを一つにしたものだ」と宣言した。その時点で、スマホのモバイルコンピューター化は始まっていたといえる。
そして、08年にiTunes(アイチューンズ)アップストアをオープンし、サードパーティーによるアプリケーションを走らせることが可能になったときに、iPhoneは本当の意味でのモバイルコンピューターになった。
iPhoneを追いかける形で登場したAndroidも、モバイルコンピューターを目指す方向性は変わらない。そのために、iPhoneとAndroidのどちらのホーム画面も、アプリケーションのアイコンを並べただけの似通っているデザインになっているのは、こうした理由である。
コミュニケーション重視を目指す新型スマホの時代へ
これに対して、少し趣向を変えて挑戦してきたのがマイクロソフトのスマホOS「Windows Phone(ウィンドウズ フォン)」である。
Windows Phoneでは「コミュニケーション」を重視してホーム画面を設計した。アイコンよりも大きな「タイル」を使って、「電話をかける」「メッセージを送る」「写真を共有する」などのコミュニケーション系アプリにアクセスしやすくした。それだけでなく、ホーム画面の大きなタイルにはメールや友人の最新情報も常に表示する。
フェイスブックがホームで目指しているのは、このWindows Phoneと同様に「コミュニケーションする」ことを中心としたスマホの操作性である。先駆者がいるという意味で、操作性そのものはそれほど斬新ではない。
ホームの斬新なところは、フェイスブック専用のスマートフォンやスマートフォンOSを提供するのではなく、今や世界のスマートフォンの半分以上が利用しているAndroidの画面を乗っ取ってしまうという戦略そのものにある。
「スマートフォン=さまざまなアプリケーションを走らせることのできるモバイルコンピューター」と考えるアップルやグーグルと、「携帯電話の主たる役割はコミュニケーション」という立ち位置を取るマイクロソフトとフェイスブックという対立構図は、今後のスマートフォンのあり方を考える意味でも非常に重要になるであろう。
特に、モバイルコンピューターとしてのスマートフォンが難しくて使いこなせないと感じている層にとっては、後者のコミュニケーションデバイスの方が「目的がはっきりして使いやすい」と感じてもらえる利点がある。これが今後の勢力図にどんな影響を与えるかは注目に値する。
通信事業全体がコモディティーになる恐れも
今回のホームの延長線上にあるのは、スマホのOSをフルにカスタマイズしてしてしまう世界である。LINE(ライン)やSkype(スカイプ)のように、これまで通信事業者がサービスとして提供してきた音声通話やテキストメッセージなどのすべてのサービスを、フェイスブックが提供してしまう可能性がある。
そんな時代になれば、通信事業者はデータ通信ネットワークだけを提供する文字通りの「土管」となる。収益はユーザーにとっての付加価値を提供するフェイスブックへと移ってしまい、通信事業そのものが違いを出しづらいコモディティー商品となってしまう。
iPhoneの日本上陸を「黒船」と呼んだ人がいるが、ホームは通信事業者の収益構造を大きく変えてしまうポテンシャルを持った「第二の黒船」かもしれない。